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栗原貞子 「ヒロシマというとき」

ヒロシマというとき

<ヒロシマ>というとき
<ああ ヒロシマ>と
やさしくこたえてくれるだろうか
<ヒロシマ>といえば<パールハーバー>
<ヒロシマ>といえば<南京虐殺>
<ヒロシマ>といえば 女や子どもを
壕のなかにとじこめ
ガソリンをかけて焼いたマニラの火刑
<ヒロシマ>といえば
血と炎のこだまが 返って来るのだ

<ヒロシマ>といえば
<ああ ヒロシマ>とやさしくは
返ってこない
アジアの国々の死者たちや無辜の民が
いっせいにおかされたものの怒りを
噴き出すのだ
<ヒロシマ>といえば
<ああ ヒロシマ>と
やさしくかえってくるためには
捨てた筈の武器を ほんとうに
捨てねばならない
異国の基地を撤去せねばならない
その日までヒロシマは
残酷と不信のにがい都市だ
私たちは潜在する放射能に
灼かれるバリアだ

ヒロシマしいえば
ああ ヒロシマと
やさしいこたえがかえって来るためには
わたしたちは
わたしたちの汚れた手を
きよめねばならない



(栗原貞子 「ヒロシマというとき」)

「夕凪の街 桜の国」上映中

ふたたび 『生ましめんかな』

at 08:15, 主義者Y, 原爆

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広島には行くが被爆者の話は聞かない

首相、「被爆者から要望聞く会」を欠席へ 被爆者ら激怒(asahi.com 8月1日)
広島で毎年原爆の日に政府の代表が被爆者と会談する「被爆者代表から要望を聞く会」に、就任後初となる安倍首相が欠席することが明らかになった。広島市が1日発表した。平和記念式には出席する。久間章生・前防衛相の原爆投下をめぐる失言を受けて、被爆者団体が聞く会への首相の出席を例年以上に強く要望していた。

 「聞く会」に首相が出席しないのは、小泉前首相時代の02年以降、6年連続。小泉氏は首相就任直後の01年には出席した。今年の聞く会には、柳沢厚労相が代理で出席する。

 秋葉忠利市長は「唯一の被爆国を標榜(ひょうぼう)する我が国の宰相が、人類史的な出来事の生き証人たる被爆者と直接言葉を交わすこともなく広島を去られることは誠に遺憾」とするコメントを発表した。

 広島県被団協の坪井直理事長は「改憲を志向する安倍首相に非核三原則や核廃絶の進め方について見解をただしたいと考えていただけに残念であり、腹が立つ。被爆者から逃げているのではないかという印象さえ受ける」と話す。

いい加減、怒りのエントリーばかり書きたくないのだが、どこまでも醜悪なことをしてくれるよこの人は。そんなにひとの話は聞きたくないのか。
人生の残り少ない被爆者の声を、そんなに聞くのが嫌なのか。

選挙結果が出る前から「民意を受けて」続投を宣言できる超能力総理だからな。
対話なんか必要ないのさ。強行採決すればいいし。

あれっ? でも、これからは強行採決はできないけど。
17回も問答無用で殴りつけた相手に、「これからは仲良くしましょう」って手をさしだすのかな?
そういうふうに人の善意を期待できるんだから、意外といい人なのかもしれないね。
それとも、ナンにも考えてない、底知れないボンクラお坊ちゃん? そんなことはないよね。
自分の頭のなかだけで、いくらでも「お約束」とか「使命」とか作り出せちゃう天才だからね。
「民意」なんかオチャノコサイサイさ。自分でそう言えばいいんだから。

岸信介は安保を通して退陣したけど。
ひょっとしてジーさんを超えようとしているのかな?
だとしたら間違いなく歴史に残るよね。

自民党の皆さん(および公明党の皆さん)
こんな人をいつまでも担いでいると、本当にあなたたち崩壊するよ。

それとも「しょうがないな」と言ってあきらめる?


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at 21:42, 主義者Y, 原爆

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広島原爆の日に

すこし心が疲れているのでロクな文は書けません。
ただ、この日に何も言わないでおるのは少々歳をくった人間には許されないことだと思うので、若い世代にも受け止めてほしい作品をいくつか挙げておきます。以前に紹介したものもありますし「はだしのゲン」は定番中の定番ですが、読んだことのない人に強く薦めます。

〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻
〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻
中沢 啓治

夕凪の街桜の国
夕凪の街桜の国
こうの 史代

父と暮せば 通常版
父と暮せば 通常版


原爆投下を思い起こすまさにこの日々に、理不尽な爆撃で死んでいく人々がいるのです。

at 20:50, 主義者Y, 原爆

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ナガサキ原爆・ソ連参戦の日



長崎原爆の写真

衆議院解散の衝撃で、政治家たちは目の色変えて走り回っているだろう。
ただでさえナガサキはヒロシマの影に隠れがちだ。
私もきょうは一日ほっつき歩いていたので、かなり疲労がたまった。
でも歴史にこだわる身としては、やはり一言でも書いておきたい。

きょうは長崎に原爆が投下された日。
きょうはソ連軍が満州・南樺太・千島列島に攻め込んだ日。

「反戦平和」が当たり前になってしまった「左翼」は思いを新たにせよ。
犠牲を要求する正義、正義を謳う暴力の根源を見据えよ。
自分がたたかう相手のなかに、自分の似姿を見つけてうろたえぬように。
「迷い」と「決意」を交互に重ね、今日から明日へ歩みを進めよう。



焼き場に立つ少年


at 21:29, 主義者Y, 原爆

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丸木美術館存続の危機

原爆の図丸木美術館存続への支援のお願い

丸木位里・丸木俊夫妻が共同制作した『原爆の図』を常設展示する「丸木美術館」が存続の危機に立たされています。
入館者の減少と施設の維持で、内部留保が本年度で底をつく事態になってしまったそうです。

丸木美術館緊急支援カンパに協力を!

振込先 郵便振替 00150−3−84303
財団法人 原爆の図 丸木美術館



at 10:46, 主義者Y, 原爆

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ヒロシマ原爆の日

きのうきょうと原爆関連の番組をいくつも見てきた。
足を故障しなければ、あるいは現地へ行っていたかもしれない。60年という節目を逃してしまったのは少し残念ではある。広島へは15年前に行った。1990年・・第一次湾岸戦争の年だ。原水禁(あるいは原水協?)の会議でイラクから来た代表団がクウェート侵攻を擁護する発言をしていたと、そのとき人づてに聞いた記憶がある。前夜の野外会場では、セミパラチンスク(カザフスタンの核実験場)から来た人々の歌声を聴いた。

たぶんあれから・・・「原爆」はしばらく私の内にあっては後景に退いていた。
いろんなことがあった。

原爆をめぐる想いが迸る、いくつかの素晴らしい作品に出会って、やっと戻ってきた気がする。
いや、「戻ってきた」なんて、おこがましいかもしれない。

なんと言ったらいいのか。
自らが新たにならなければ、「伝える」ことなんてできない。

すみません。きょうはこれしか書けません。

(追記)
昨夜のNEWS23で、元ちとせが歌った「死んだ女の子」はここからダウンロードできます。
8月15日までの期間限定です。



at 23:25, 主義者Y, 原爆

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ふたたび 『生ましめんかな』

まえにも紹介した栗原貞子さんの原爆詩 『生ましめんかな』 です。

8月6日は広島に原爆が落とされた日。
この日は忘れちゃならんのです。
何度でも紹介します。
何度でも



『生ましめんかな』

こわれたビルデングの地下室の夜であった。
原子爆弾の負傷者達は
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生ぐさい血の臭い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声。
その中から不思議な声がきこえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、若い女が
産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたらいいのだろう。
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも



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at 22:26, 主義者Y, 原爆

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焼き場に立つ少年


1945年8月29日長崎。
撮影者はジョー・オダネル氏。海兵隊従軍カメラマンとして広島・長崎を訪れ、被爆状況を撮影した。

よく拝見させていただいているブログ「▼milou」で久しぶりに見た。
「あっ! あの写真だ!」と、手足が強張った。その直立不動の少年の姿は、忘れようにも忘れられないものだった。
続きを読む >>

at 19:25, 主義者Y, 原爆

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原爆詩『生ましめんかな』栗原貞子さん死去

峠三吉は知っていたが、この人、この詩のことは知らなかった。
毎日新聞:3月7日
きちんと原爆に向かい合っていたら、すぐに出会う名前だったのであろう。恥ずかしい(汗)
むかし、この詩の内容で川崎のぼる(巨人の星)が描いたマンガを読んだことがあった。もとがこの詩だったんだということを、今回はじめて気がついた。

『生ましめんかな』

こわれたビルデングの地下室の夜であった。
原子爆弾の負傷者達は
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生ぐさい血の臭い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声。
その中から不思議な声がきこえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、若い女が
産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたらいいのだろう。
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも



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at 08:24, 主義者Y, 原爆

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フランス核実験に抗議して

って、いつの話をしてるんでしょう(笑)

最近有無をいわさず部屋の整理をさせられているのですが、むかし書いたビラの原稿が出てきました。
ビラといっても、○○の会とか○○同盟というものではありません。今からちょうど10年前、ポリネシアでフランスが核実験をしました。その年は、たまたま職場の人と一緒にフランスへ旅行する予定がありました。そこで、せっかく行くのだから核実験に対しては何らかの意思表示をしなければなあ、という話になったわけです。
海外での運動スキルを身につけたプロ市民(笑)ではありませんでしたので、いろいろと思案の結果、メッセージを書いた紙片を各所に「置き忘れて」こようという戦略にいたしました(笑)。ヘタに警官に職質され、「政治活動」とみなされる危険を避けたかったからです。街頭で横断幕を掲げ、ビラまきをするという度胸はなかったので(笑)
メトロの車内とか、凱旋門の屋上とか、カフェのテーブルとか・・・いろんな場所に「置き忘れて」きました。ちょっとしたレジスタンス気分でしたね^^)

今ではネットを使えばいくらでもメッセージを伝える手段はあるのでしょうが、たった10年前なのにこんなことに悩んでいたと思うと隔世の感がします。

ビラは出発前にフランス語に堪能な人に訳してもらい持参しました。
以下はその原稿(日本語)です。
続きを読む >>

at 09:27, 主義者Y, 原爆

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