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『生ましめんかな』

前回の記事に追記をせぬままに広島原爆の日が過ぎ、長崎原爆の日を迎えてしまいました。

長崎の大浦天主堂へ行く坂道の途中、ほとんど目立たない位置に「聖コルベ館」はあります。アウシュヴィッツで死を宣告された囚人のために自らを身代わりに申し出たコルベ神父、その行跡を偲ぶ場所がそこにあることを知らない人は多いでしょう。遠藤周作氏が保存を呼びかけた80年代に至るまで、その場所は誰にも省みられず朽ち果てるままでした。今でも決して訪れる人は多くはないけれど、100人のうちでも気がついたほんの2、3人でもいい、ここを覗いた人がコルベ神父の行いを知り心に留めてもらえれば、という氏の言葉を読んで胸が熱くなりました。キリスト教という信仰が異なっているにせよ、「伝えたい」という思いの強さは普遍的に心を打つものです。

長崎原爆の日。資料館にも再び行って来て思うところ書きたいこともたくさんあるけれど、私の拙い言葉よりまずは先人の点した火の言葉を紹介しておきましょう。このブログで以前にも書いたことはあるし、先刻承知の方も多いとは思います。しかし、ここを訪れてくれた100人のうち一人でも初見の方がいるのであれば、それでよいのです。

栗原貞子さんの原爆詩 『生ましめんかな』 です。



『生ましめんかな』

こわれたビルデングの地下室の夜であった。
原子爆弾の負傷者達は
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生ぐさい血の臭い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声。
その中から不思議な声がきこえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、若い女が
産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたらいいのだろう。
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも



at 11:21, 主義者Y, 原爆

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comment
GO@あるみさん, 2009/08/13 12:20 AM

2年ほど前の暑い9月、仕事ついでに長崎を訪れる機会がありました。
路面電車の写真もガンガン撮りました、原爆の資料館にも行きました。
しかし、「コルベ神父」さんの所には、「無知」もあって、行きませんでした。
また長崎に行って、何か感じたい、考えたいと思います。

主義者Y, 2009/08/13 12:50 PM

何度か長崎に行って、いろんな角度からすっかりハマってしまいました(笑)
その「場所」を訪れたことによって、いまは遠藤周作氏の「女の一生」(1部2部)を読んでいます。それぞれ明治初年の「浦上四番くずれ」と、コルベ神父も登場する戦前・戦中の長崎を舞台にした作品ですが、あらためて胸に迫るものがありますね。










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