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広島に行ったゲバラ

「歴史を歩くということ 2」とかいうエントリーを書きかけているのだけど、今日はこれを。

ゲバラ 被爆地・広島を夜行列車でゲリラ的訪問 訪日時

ゲバラは59年1月の革命後、同年6月から3カ月間、アジア・アフリカを歴訪した。訪日団長が当時31歳のゲバラで、副団長を2歳年下のフェルナンデスさんが務めた。7月中旬に来日、10日間滞在し、自動車工場などを視察した。
 フェルナンデスさんによると、アルゼンチン出身の医師であるゲバラは、予定になかった広島の被爆地訪問を強く希望したが、日本政府の許可が出なかったという。業を煮やしたゲバラは大阪のホテルに滞在中、「ホテルを抜け出して広島に行くぞ」と決断。オリーブグリーンの軍服姿で大阪駅で切符を買い2人で夜行列車に飛び乗った。
 「被爆者が入院する病院など広島のさまざまな場所を案内され、私同様、チェも本当にショックを受けていた」とフェルナンデスさん。帰国報告の際にゲバラは、フィデル・カストロ国家評議会議長(当時は首相)に「日本に行く機会があれば、必ず広島に行くべきだよ」と強く勧めたという。カストロ議長は03年3月に広島を訪問。フェルナンデスさんは「フィデルはチェとの約束を守ってくれた」と感激した。


私はゲバリスタというほど熱烈なファンではないし彼の事績については詳らかではないけれど、少ない滞在期間のなかで広島にぜひ行かねば、行ってしまった、というその熱情と行動力にあらためて胸を打たれる。本当に見なければいけないもの、本当に知らなければいけないものを、偉大な革命家はしっかりと掴んでいた。命を懸けたゲリラ戦闘に比べれば、言葉の通じない国で切符を買って鉄道に乗り込むことくらいなんでもなかっただろう。それでもなにか、この記事を読んで熱い思いがこみあがってくるのを禁じ得ない。

そういえば、ちょうど十年前になる。私はハバナのメーデーに行ってビデオカメラを撮っていた。集会のトリは「インターナショナル」の大合唱だった。その歌声を聴きながら、カメラのファインダーを濡らしながら、私はその場の風景を撮り続けていた。ふと、そのことを思い出す。



きょうは、チェ・ゲバラ没後40周年。


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at 22:23, 主義者Y, 政治家

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comment
GO, 2007/10/13 9:31 PM

いやーやっぱりゲバラってかっこいいですね。

主義者Y, 2007/10/14 12:33 AM

「ホテルを抜け出して広島に行くぞ」で、行ってしまうのが本当にカッコイイです。

しかし「許可」しなかった日本政府って一体。

Clipedia, 2007/10/31 11:22 AM

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村野瀬玲奈の秘書課広報室, 2007/11/17 2:23 PM

小沢氏が自民党側の誘いにのって大連立に走りそうになったことについてもっと直接的な記事を書くべきところだったかもしれませんが、そのような書き方をしなかった私です。(すべての事情が明らかではないという理由もあり