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「ガーダ パレスチナの詩」観てきました

うにさんのブログ「壊れる前に・・」を読んでいて、ハッと思い出しました。
以前どこかでチラシを見て気になっていたのに、ついつい忘れていた作品です。

「ガーダ パレスチナの詩」(公式サイト)

きのう、たまたま上映といっしょにトークショー(監督の古居みずえ氏、フォトジャーナリストの広河隆一氏)をやるということを知り、即決即行で渋谷のUPLINK Xに駆けつけました。


私は1996年にイスラエルへ行きました。93年にオスロ合意があり、95年のラビン首相暗殺があったものの、まだまだ今よりは情勢が安定していた時期です。映画でいうと、ちょうど主人公のガーダが最初の出産をした前半の部分と、2000年第二次インティファーダ(民衆蜂起)がはじまる後半のはざ間の時期になります。
そのときはガザ地区には行かなかったものの、ベツレヘムや死海沿岸などヨルダン川西岸地区を訪れています。短期滞在の旅行者には気づかない暗雲が既にたちこめていたのかもしれませんが、ともかくも「地球の歩き方」なんぞを抱えて平穏に旅のできるつかの間の時代でした。お気楽な旅人でしたから、アラブ人と接触したのはベツレヘムとエルサレム旧市街での限られた機会でしかありませんでした。そんな僅かなパレスチナ体験でしかありませんが、やはり実際に訪れた場所・国に住む人々のその後の運命は胸に迫ります。

うにさんも書いていらっしゃいますが「この子は平和の子なの。この子が大きくなったら、私はインティファーダがどんなものだったか、話して教えて上げるの」と前半の最後でガーダが語る場面では目頭が熱くなりました。ここで言うインティファーダとは1987年に起こった第一次のものです。1982年のイスラエル軍によるレバノン侵攻で、PLOはイスラエル領に接する拠点を失いました。インティファーダとはそのような状況下で、PLOのイニシアティヴとは離れて自生的に民衆の内側から始まったものだったのです。多くの10代の子どもたちが、イスラエル軍の装甲車に石を投げることから始まったのです。
私はパレスチナの歴史について詳しくはありませんが、この程度のことを知っておくことでガーダの言葉の持つ意味が少しでも受け止められると思います。そして第二次インティファーダのなかで彼女が直面する悲しみについても。
その後に展開する彼らの運命についても、前提的な知識のない方には絶句することの連続でしょう。
知らない人は知るべきです。この地球上に悲惨なことはいくらでもあるけれど、パレスチナの悲惨についての無知は罪であるとさえ、私は言いたい。

映像は技術的には、やや素人くさいカメラワークで回るところがあるかもしれません。それがかえって私にとってはリアルな臨場感を覚えさせました。私自身もほぼ同時期にビデオカメラを抱えて旅先の映像を撮りはじめていたということもあるからです。ただ、もちろん私には銃声の轟く場所で身をすくめていた経験はありません。古居さんの映像は、対象への強い執念があります。住居に銃弾が浴びせられるパレスチナ人の恐怖の傍らでカメラを回し続けます。また、イスラーム社会の女性たちの姿をここまで撮れたということは、12年の長きにわたって築き上げた彼女たちとの交流と信頼なしにはなかったでしょう。そういう意味でもこの作品は、非アラブ世界の人々にはなかなか目撃できない貴重な映像になっていると思います。こういう人の姿に接することによって、私たちは彼女彼らも自分たちと同じ人間なんだと、ようやく実感できるのではないでしょうか。そこから悲しみも喜びも共に感じることができ、語り伝える衝動が胸の底から湧き上がってくるのです。

公開の時期も場所も限られた作品ですが、見るチャンスのある方にはぜひお勧めします。


(左から広河隆一氏、古居みずえ氏、プロデューサーの安岡卓治氏)

ガーダ―女たちのパレスチナ
ガーダ―女たちのパレスチナ
古居 みずえ

誤射でパレスチナ家族ら7人死亡、ハマスがテロ再開か




at 14:35, 主義者Y, パレスチナ

comments(2), trackbacks(2), -

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comment
ビー, 2006/06/20 3:03 PM

TBが入らなかったので、コメントで失礼します。「ガーダ」の映画評と、詩や語りについてのコメントを掲載しています。よろしかったら、どうぞ。

「ガーダ 水のような映画」
http://0000000000.net/p-navi/info/column/200606201443.htm

主義者Y, 2006/06/20 10:38 PM

あ!「P-navi」のビーさんですね。はじめまして。

そうですね。作品のなかに出てくる農夫のおじいさんの詩的な語りには心動かされました。

「それであのシーンでは、自分の喪失体験を物語る際に、途中で言葉に詰まって、その代わりに詩を吟じだすんです。彼にとっては通常の会話よりも詩のほうが、経験や感情を表現するのによりふさわしいとでも言うかのように。」

まさにそのとおり!










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もぐのにじいろえにっき, 2006/06/23 3:49 PM

『ガーダ −パレスチナの詩− 』という映画を見たいの〜。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 この映画を撮影したのは、フォトジャーナリスト・古居みずえさん(当時40歳)。 フォトジャーナリストになるまでは、普通のOLさんだったそうです。 あるとき、古居さんは

残 照, 2006/06/25 10:16 PM

監督:古居みずえ撮影・監督:古居みずえ 製作:安岡卓治 /野中章弘 編集:安岡卓治/辻井潔 協力:ガーダの家族/ナセルの家族/カラムの家族/ハリーマの家族/アブ・バシーム&ウンム・バシーム/ハンユニス難民キャンプの皆様製作協力:古居みずえドキュメンタリー映