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公明党批判を開始します

もはや黙っていることは耐え難くなってきました。
本来はイラク戦争のときに決壊していたはずの「思い」ですが、こんにちの「共謀罪」新設を進めんとしている我が公明党に対して。

私は創価学会員です。いくつかの訪問させていただいたブログのコメント欄で自分の立場を宣明したこともありましたが、ここで公にするのは初めてです。これまでのエントリーで、かつての左翼的な個人史はある程度書いてきました。しかし自らの宗教的信条については完全に沈黙を保ってきました。
最近でこそ少なくなってきたものの、左派的な意見に対する嫌がらせコメントを相手にするのもウンザリしていたし、そのうえに学会という立場を攻撃してくる来訪者がいたら堪らないと考えていたのです。
要するに勇気がなかったのですね。
そしてまた、ネット上であれ他のメディア上であれ、文字面の言葉で宗教上の論戦をしても空しいものだという懸念がありました。創価学会が今日、庶民に根ざした一大組織に発展したのは宣伝媒体を利用したプロパガンダのせいではありません。一対一の地道な対話、ひとりひとりの地を這うような、己の人間革命を賭けた必死の格闘によって到達したその結果なのです。それは私自身が入会して、様々な人に出会い、活動していくなかでようやくわかったことです。「知識人」が高みに立って、創価学会拡大の社会的要因などを分析してみせますが、あまりに表層的な、「人間」を知らない民衆蔑視の浅見と言わざるを得ません。ある人間がある宗教に帰依することがどんなに重い決断なのか。顔や声や息づかいの見えない印字されたコトバだけで人の心が動かせると考える「知識人」は、真の信仰というものが人間存在の深奥からいかに規定するものなのかを知りません。
私は書物よりも多くのことを、知識も教養もないと軽んじられる「普通の」壮年・婦人の人々から学んできました。見かけ上の高邁・難渋なコトバを撒き散らして「変化」を「期待」するような知識人の怠惰と安直さからではなく、素朴で平明な、行動のなかから発せられる言葉の力・信仰の力を学びました。
私が私自身の危機をのり越えて今日まで生きてこられたのは、そのためです。日蓮仏法を淵源とする智慧の発露と蘇生のドラマ、歴代会長の壮絶な苦闘と無名の民衆の不屈のたたかいは、たえず今日の自分を明日の自分へ運んでいく実践の道標です。創価学会がなければ、私は私を殺していたでしょう。
だから私は生涯、学会を離れません。

そのことを確認・宣言したうえで。

学生時代に入信した当初から、公明党への距離は私の悩む問題でした。
「信心することと政党支持は別」という先輩、婦人・壮年部の人々の言葉にしたがって、私はしばらくの間ずっと各種選挙に際しては革新政党への投票を続けてきました。そもそもが自分の政治的立脚点の多くを新左翼の理論から構築してきたのだから当然と言えば当然です。左側からの日本共産党への激しい反発を蔵しながらも、広い見地での日本の左派勢力の伸張を目指して「選挙」という場面では共産党を含む政党の選択をしてきました。
ただ、国政ではなく自治体レベルでは次第に公明党を応援することも多くなっていきました。ヨリ庶民の生活に密着した市町村・都道府県での代表者は、まさに庶民の海のなかから生まれ出た議員に託してもいいんじゃないか、と考えるようになったのです。それは「科学的社会主義」の硬直した機関決定に縛られる共産党や、弛緩した組合民主主義の代表にすぎない社会党議員に対する幻滅と表裏でした。
また、ソ連体制の瓦解をきっかけとする私自身のマルクス主義からの離脱もあります。以前のエントリーにも少し書きましたが、トロツキズムという本来は「スターリン主義」体制の超克を追求する立場にいながら、ロシア革命以来の非資本主義的未来(すみません、ソ連社会を『社会主義』とは見なしていなかったのでこういう書き方になります)への道程が消失してしまったことへの、言いようのないショックがありました。史的唯物論を根底とする「歴史の発展法則」から世界の有り様を見渡すのはいったんやめてみよう、と思ったのです。また何より、スターリン主義に限らずそののりこえを目指してきたはずの新左翼運動の歴史にも発生する、左翼運動内での否定的な事象を「理論」面の拡充・展開で解決していけると考えるのは、「知識人」の傲慢ではないかと思うようになりました。

選挙は、民衆が政治に参加するための唯一の活動形態ではありません。しかし、制度上の権力機構に直結する有意なチャンスです。その政党支援の活動に、公明党を応援する学会員ほど真剣に取り組んでいる人間集団はありません。そのことを揶揄したり軽侮したりする人は、「本気」で政治を変えようと闘ったことがない人だ、と断じます。共産党の党員諸君の闘いを軽んじるわけではないけれど、因習深い保守の地盤に、岩盤に爪を立てるように穴を穿ち、民衆自身を政党選択の主体に変革し続けてきたのは他ならぬ学会員です。幹部の号令に盲目的に従う無知蒙昧な運動員では、外部の支持を獲得できません。各人が各様に、語れる力の限り政策を理解し訴えを広げているのです。文字通り「ひとりひとり」の闘いになっているのが、他の政党とは決定的に違います。

私はそれを目の当たりにしてきたし、またその渦中にともに在りました。政治的異論を抱えつつも、同志のたたかいを尊いものと思いました。
自分の投票行動だけでなく、はじめて他人に公明党への支持を求めたのは、宗門と決別したあとの参議院選です。戦前の権力弾圧に屈した過去を糊塗し、権威主義に腐れきって学会を破門した宗門が、かえって私をはじめての公明党支援に踏み切らせたのです。その意味では支援への転換は、決して政治の論理の内側ではなかったけれど、これを機縁に公明党の政策・理念を積極的に受け止める努力をするようになりました。私にとって自衛隊の非武装PKO派遣は、この時点で許容できるぎりぎりの選択だったのです。いったん定型的な左派思考の枠組みを外そうとしたことは、今でも自分にとっては有益だったと思っています。支配階級〜被支配階級の二項対立から抜けて「陣営」の彼我によることなく、自由に政策の評価をしてみようとする姿勢も身につけられたのかなと。
しかし、思えば公明党支援のための私自身のたたかいの頂点は、細川政権の成立あたりまでだったかもしれません。

自さ社政権を経て、自自公、自公保と、政権与党に組するようになって、私の内部でなんとか政治の論理で自立した公明党支持を構築していくパトスは失速していきました。政権交代をめざす野党の立場でなく、長らく対抗してきた保守勢力との連立はどうしても野合としてしか捉えられません。いや、連立一般を否定するものではありませんが、連立維持のために従前の平和主義その他の公明党の屹立した主張を言わなくなってしまった、と。いったいなぜ?

そして1999年。周辺事態法、盗聴法などもありましたが、私にとっては「国旗・国歌法」が深く刻印されています。
そのころ職場の仕事が気が狂うほど忙しく、テレビのニュースも新聞の記事もほとんど見る余裕もありませんでした。学会の会合にも出れませんから、組織のなかで個人としての意見を伝えることもできませんでした。イラク開戦のときほど悔しい思いをしたことはありませんが、あの時は自分が何も行動できないままに、あっという間に決められてしまったことが非常に辛い悔しさでした。

そう、辛かった。辛かったし、あの法律は今でも辛い思いを私に突きつけています。イラク開戦を容認した公明党の態度とともに。
いかに「善意」であろうとも、今もじっさいに人の心を踏みにじりつつあり、またイラクの地においては戦火で人の命を奪った結果責任を、公明党を支援した私たちは負っています。

愚直なたたかいを日々たたかう同志の足を引っ張ることはしたくない。自分の言葉が同志のたたかいの勢いを削ぐことになってはならない。学会を悪意をもって攻撃しようとする勢力を利するような軽率な論は慎まなければならない。
そういう思いが、公然たる公明党批判を今日まで私に抑えさせてきたのでした。
でも、もう我慢できません。「共謀罪」をめぐる公明党の言説は、全く私を納得させてくれません。
ひょっとしたら私は間違っているのかもしれません。でも、そうだとしても自分の思いを誤魔化さず隠さず、明らかな言葉にすることによってしか、私は自分の誤りを正すことができないでしょう。もう、個人的に幹部をつかまえて疑問を述べるだけではすまないのです。よし私の言葉の刃がめぐり巡って、公明党支援をする同志に突き刺さろうと、政治の批判には政治の言葉で応えねばなりません。

「共謀罪」をめぐる公明党の姿勢について、かなり辛辣な批判を述べます。
いくつも溜めてきた批判を述べさせてもらいます。
真の庶民の味方に、公明党こそがなってほしいから。



at 15:33, 主義者Y, 公明党

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comment
アッテンボロー, 2006/06/03 10:20 PM

 思想と信仰との間で真摯に悩んでおられる様子がうかがえます。私の場合は無宗教であるためにその点で矛盾を感じることはありませんが、学会の青年部や婦人部が反戦平和の問題で熱心な活動をしていることは知っています。残念ながら共闘する機会という物はありませんが。主義者Yさんが牧口常三郎氏の主張した学会の信仰を本当に守られることを期待します。

主義者Y, 2006/06/07 9:44 PM

アッテンボローさん 遅いレスですみません。
すこしビックリされたでしょう(笑)
国家神道への屈服を拒否し、国家権力の手によって獄死させられた初代会長は、信仰者の真の姿を示すものだと思います。牧口常三郎が逮捕された直接の容疑は治安維持法違反、不敬罪でした。
敗戦を経てもなお、内務官僚・警察権力の人脈や思想は断絶することなく現在に至っています。
私の公明党に対する怒りは、そのような国家権力に伏流する民衆弾圧の衝動に、あまりに無警戒であり、牧歌的にすぎるということです。

なかまき, 2006/09/17 12:52 PM

キリスト教から見るとイスラム教が間違っているように宗教は心のなかの芯になる部分で、他宗教とは理解しあえないところがあります
多くの人々が今日も死に逝き、どこに大量破壊兵器があったのか、、、平和を願い命を懸けた創価学会の歴史は、打倒日顕をうたい、「打倒日顕って願って題目をあげたら大願成就するよ」あのころから方向がずれてしまいました。
枝道が幾重にも別れ、私利私欲のためだけの人たち、心から美しくまっすぐな人たち、疑う事無く追従する人たち。
創価学会員であることで生計をたてている一部の方々には、公明党が大きくなればうれしいのです、創価学会員が増えれば嬉しいんです、たとえ、遠くで起こる戦争で子供たちが手足を失っても、命を失っても、今日も布教活動は続くんです。日本の宗教統一、創価ルネッサンスにとって小さな犠牲なんです。
一人ひとりが考える力を持たないといけない時期がきていると思います。

主義者Y, 2006/09/18 9:22 PM

なかまきさん はじめまして
この問題は私の内心に重く沈殿しています。
いま旅先でけっこう体力を消耗してますので、帰国してからしっかりレスさせていただきたいと思います。
とりあえずお返事まで。

ohtaki02, 2006/10/29 10:18 PM

ぼくは宮城の創価学会員です。男子部です。あなたの考えに大いに賛成し同調します。学会の中にはあなたと戦える同士が無数にいることをお知らせします。牧口・戸田直系の弟子たる私たちはもはや利益団体と化した現在の組織に果敢に挑戦すべきです。防衛庁の省昇格にも,参院選のタイミングを見計らい早期決着を求めた公明党。もはや平和の党の理念は形骸化どころか存在すら確認できない。地方の公明議員はすばらしい方々が多いので,直接彼らに談判することも考えたが,かえって彼らを困らすだけなのかな?学会の首脳部,公明党の執行部は,もうだめ。来年は1,000万の支持者拡大の大法戦。こちらも戦い甲斐があるというものだ。

主義者Y, 2006/10/30 12:10 AM

ohtaki02さん ようこそお越しいただきました。
私は原則誰であろうと、またとりわけ信仰上の同志に対しては、常に対話の回路を開けておくべきだと考えていますので、それが「首脳部」「執行部」であっても軽々に「見限る」つもりはありません。むしろ僭越であるかもしれない自分を恐れます。それは自分の側の未熟さや誤りの可能性について、絶えず謙虚であろうとも思うからです。ただ、それには納得する次元に至る言葉の打ち合いがなければいけない。沈黙は何も生みませんから。
おそらく私たちの困難さは、自分を育んできたものへの批判意識をもつことなのだろうと思います。浅薄な物質的「利益」程度の経験ならともかく、それこそ自身の人生・生命の危機をのりこえ、打ち克ってきた信仰の体験を、なお批判の意識で捉え返すことは至難ともいえる強靭な精神を必要とします。本当のところ、私にはまだその勇気はありません。あれば、ネット上にいくらでも発見できる異論派学会員のサイトに連絡できるはずです。まだ私はそういう行動をとっていません。でも、いつまでも保留状態にはできないのでしょうね、たぶん。
もうひとつ言い換えるなら、「この仏法は正しい」と「この仏法を持つ人間の行動は正しい」との差異。後者を無限定に敷衍していく愚は言うまでもないことと思います。公明党の呪縛はここにありそうな気がします。多くの活動家が濃淡さまざまな疑問を抱えつつもなお、党支援の定型から抜け出せないのは、ここに原因があるのではないでしょうか。私たちはもっと素直に、政治の論理に即した議論をしてもいいし、するべきでしょう。批判と応答の循環こそが政治組織の健全性を保障する。そうでなけでれば第二第三の「竹入」批判をくり返すことになります。民主的統制がされている組織なら、党指導者の個人的資質に責を帰す言説は、じつは恥ずべきことのはずです。

いまこそ「一人立つ精神」が問われるのかもしれません。

日本国憲法擁護連合, 2006/11/12 9:53 PM

はじめての書き込みですのでよろしくお願いします。
実は私も学会と接点のあるものです。元カクマル(ごめんなさい、こういう表記で)の主義者Yさんが学会員だというのでびっくりしております。私は、高校時代民青、大学では、マルクス主義学生同盟中核派のシンパをしておりまして、現在は百万人署名運動関係の支持をしております。
中核派とカクマル派の対立、動労千葉とJR総連の対立など、様々な歴史的対立があるとはいえ、主義者Yさんの経歴が私と似ているような気がしています。ちなみに私も、社民党や共産党に投票してきたわけで、公明党には一度も投票したことがありません。

私の地元で最近行われた、自衛隊基地要請行動&学習会では、中核派と前中核派地区党キャップグループと、カクマルから分裂したJR総連が同じ建物で学習会に参加し、その後一緒に要請行動とデモをおこなうなど、面白い動きを見せています。過去の対立からいけばこのようなことは考えられなかったと思われます。一応、相手に対して罵りや罵倒は禁止事項となっていたようですが(カクマルJR総連と昔院内集会でやりあったことがありましたので私は今もカクマルは嫌いですが・・・)何事もなく、そろって要請行動ができたようです。

話題を学会・公明党に戻しますが、かては原水爆禁止運動や護憲政党だった位置を逸脱し、帝国主義側の政治を支え、改憲・教育基本法改悪を推進する側に公明党・創価学会は転落してしまっている現実に私は憤りを感じるほかありません。

なお、私は学会本部に立ち寄ることもありますが、それらを公安警察に徹底調査されているためか、今年9月には、四谷警察署の勧告で学会本部に「テロ対策のための金属探知機」をすえつけているという建て看板がたてられ、「過激派キャンペーン」の一旦を学会側はになわされているようです。百万人署名運動を支持したりイラク戦争や改憲に反対するだけで過激派キャンペーンをしこうとする公安警察に学会も加担してしまっている現状は、もはや特高警察によって獄死された牧口初代会長の歴史は完全に追いやられているのではないかと私は考えています。長くなりましたが、とりあえずよろしくです。

主義者Y, 2006/11/14 12:03 AM

>日本国憲法擁護連合さん コメントありがとうございます。
念のため申し添えますと、私は元カクマルではありません(苦笑)。シンパですらあったことはありません。理論的には昔も今も未熟な徒輩ですが、政治的暴力で人の命を落とすことにためらいを感じない党派には、一貫して同意することはしてきませんでした。このことは最低限おさえておきたいと思います。

学会については良くも悪くも「世間そのもの」という捉え方をしています。組織や首脳部を批判することも意義あることでしょうが、首尾よく「路線転換」を勝ち取れば傘下の会員大衆を動かせる、といったような発想は私はいたしません。やはり基本は地道な一対一の対話です。「えっ?いま国会ってやってるんですか?」という会員さんにも、私は全力で対話をします。そういう相手から教えられることもあるからです。仏法者としての思想と行動は、そのなかで鍛えるのが正道であろうと思います。

日本国憲法擁護連合さんも種々の場面で頑張っておられると思いますが、「別個に進んで共に打て!」の統一戦線でいきましょう(笑)

日本国憲法擁護連合, 2006/11/25 7:53 PM

「別個に進んで共に打て!」の統一戦線でいきましょう」
同意します。今は、党派などにこだわる時代ではありません。むしろ、共闘して自民党に対抗しなければならない時代です。

ところで、アッテンボローさんのブログでは、アッテンボローさんと主義者Yさんとの会話によれば、主義者Yさんは元カクマルだったとご自分でいわれていたような記憶がありましたが、アッテンボローのブログでコメントされていた主義者Yさんとは同じハンドルネームの方だったのでしょうか?私はカクマルは大嫌いですが、別に隠す必要はないとは思いますが(喧嘩をうっているのではありません)・・・。

ただし、そういう過去にこだわるのはナンセンスだとは思います。

それから、実家に尋ねていた学会−公明党員だという方に
、公明党の路線転換と、「教育基本法改悪強行採決」の批判と、「改憲」と「イラク戦争」と「社会保障切捨て政策」と、戦争のできる国に公明党は加担しているという批判をしたが、やはりなしのつぶてでした。私は全力で対話をしましたが、相手の学会幹部から教えられたのは、やはり「組織」の人たちなんですよね。

主義者Yさんは、座談会などは出席しているのですか?

主義者Y, 2006/11/26 6:43 PM

日本国憲法擁護連合さん
だから隠してなんかいないって(笑)
私と革マル派のかかわりについては、エントリー「革マル派のオルグ」のなかで書いています。
http://ichyamada.jugem.cc/?eid=278

また、「元サヨのつぶやき」というカテゴリー(サイドバーに表示してあります)をご覧になれば、私の思想遍歴があらましお解かりになるだろうと思います。

座談会は先月、司会をやりました(^^)
政治的議論がなしのつぶての場合は、「信心と政治」という次元に引き据えて対話したほうがいいのでしょうね。

日本国憲法擁護連合, 2006/11/28 11:57 AM

アッテンボローさんとの対話では、主義者Yさんは元カクマルだといわれていたけど、やはり同じ方でしたか。
ただし、http://ichyamada.jugem.cc/?eid=278のお話ですと、主義者Yさんは、カクマル派のサークル員だったということですね。しかも、黒田思想を読まれていたわけですね。それってシンパだと思いますがどうでしょう?あと、「解放」の読み合わせのようなフラクション等はなかったのですか?聞くとこによると、カクマルは、シンパでも白ヘルかぶせてデモすると聞きますが・・・。

>ペンネームで呼び合う奇妙な世界に2年間いた。

それって、同盟員だとかシンパだと思いますが?

>おそらく公安によるものだろうが、留守の間に部室の本棚>を乱された跡を見やって不気味な思いを味わったこともあ>る。

権力に嫌がらせをうけるほど、バレバレだったということはシンパだということではなかったのですか?

>「権力の尾行」を撒くためにタクシーに分乗してグルグル>意味もなく回ったこともあった

シンパでさえない人が、そんな「解散闘争」を必要とするのでしょうか?

「結局そんな私が2年間もその革マル系サークルに在籍し続けたのは、やはりそこを曖昧にしていたからだ。学内の集会には参加したが、いわゆる革マル系の学外集会へは行ったことはない。とりあえず場を同じくはしていたけれど、シンパではないという姿勢は守りとおした」「2年後、ついに耐え切れなくなって私はサークルを辞めた。」
というのは理解しました。サークル員でも、権力に追い掛け回されたり、ペンネームで呼び合うことがあったわけですね。

実は高校の担任と一部の教員が、カクマル教労だったのですよ。私は中核派シンパになりましたけどね・・・。
私がカクマルを許せないのは、国鉄民営化の裏切りと権力との癒着と国労解体運動を展開していることです。
私は今でも、カクマルはファシスト反革命カクマルだと認識しています。公明党もにたようなものかもしれませんね。ところで、カクマルJR総連は公明党参議院議員を推薦していた時代があるのをご存知ですか?カクマル黒田が死亡しましたが、主義者Yさんはどのようにお考えになりますか?

>座談会は先月、司会をやりました(^^)

なるほど。学会歌とか歌うのですか?
私は「威風堂々の歌」「紅の歌」だとか「東洋公布の歌」が好きです。

>政治的議論がなしのつぶての場合は、「信心と政治」とい>う次元に引き据えて対話したほうがいいのでしょうね。

組織人に対話をしても無駄な気がします。むしろ、学会でも公明党の現状に批判的な人々が結構いますので、そういう人たちと交流したほうがいいような気がしています。
私のブログが、学会旗の三色になっているのを主義者Yさんはご存知ですか?あと、極右評論という右翼が、創価学会叩きを展開していることに不快感を感じますが、主義者Yさんも同感だと思いますので連帯しましょう。

追伸 カクマルネタに言及して少々恐縮しています。
決して喧嘩をうっているのではないのでご了承ください。

日本国憲法擁護連合, 2006/11/28 12:10 PM

それから、遊牧民さんという関西で9条の会や平和運動をやられている方がいますが、彼は元学会員で今は正信会らしいです。米沢泉さんも正信会だったらしいし、結構いろいろな人がおられますね。ところで、主義者Yさんは、宗門問題についてはどのようにお考えになっていますか?

主義者Y, 2006/11/28 8:17 PM

日本国憲法擁護連合さん
質問が多すぎて筆不精の私では丁寧なお答えにはならないかもしれませんが(笑)
サークルとして読んだのは「現代における平和と革命」だけでした。それもなんとなく先輩の側に「黒田寛一なんて読ませていいのかな?」なんて気後れするような空気があったと思います。なぜだか党派色を押し出すようなテーマを避け、経済学やらソ連社会論といったアカデミシャンの傾向のサークルでありました。だからこそ2年間ももったといえましょう。大学近くの古本屋には「こぶし書房」の本がごっそり並んでいましたから、黒田の本も何冊か買いました。でも先輩には言わなかった(笑)たぶん(お互いに)「革マル派」が話題になるのを避けていたのですね。突き詰めた議論にまで進んでしまうと、私がサークルから去ってしまう懸念を抱いていたのではないでしょうか。私が学内の集会に参加していたのも、反原理(統一教会)とか反核、学費値上げ反対といったテーマのものです。
「解放」の読み合わせなんぞやられたら、もっと早くに私はサークルを脱退していたでしょう。基本的に革マル派は嫌いだったのですよ。でも当時の学内は革マル派の天下でしたから、マルクス主義を追究する硬派の社会科学サークルは民青以外には彼らの系統しか存在しなかったのです。(あとで向坂協会とかノンセクトらしいグループの存在に気づきましたが)当時まだ若干二十歳そこそこの臆病者の私には、学外に研究や実践の場を求めていく行動力はありませんでした。
部室の本棚を勝手にいじられた形跡を見たときは、自分が属しているわけでもない党派のために何でこんなことをやられなけりゃならんのだ、と不愉快な気分になりました。公安による嫌がらせだったのかどうかわかりませんが、それは私個人に対してなされたものではなくサークル連合体の入っていた学生会館全体にやられたものだったのです。
「解散闘争」もそんなつもりはなかったし(笑)タクシーに分乗しようなんて言われたときは「えっ?」ってな感じで、「いいえ、ボクはひとりで帰ります」と言い出す主体性もなく、ただの同調圧力に負ける日本人でした(笑)面白い経験ではあったけど。ペンネームも結局私は面倒くさくて使いませんでした。使う人にはそのペンネームで呼んであげようというスタンスではありましたけどね。我がサークルでは先輩以外のメンバーも結局使っていませんでした。有名人でもなく非合法の活動をしているわけでもないのに何で本名を隠さなければいけないんだ、という気持ちのほうが強かったです。だから集会やデモでも、覆面なんかはしたことがありません。
あら・・筆不精のはずが長くなっちゃった(笑)

主義者Y, 2006/11/28 9:28 PM

てなことで元々革マル派が嫌いだったのに「元カクマル」と言われるのは、はなはだ不本意であります(笑)
好きだったのはトロツキーであって黒田寛一ではない(キッパリ)もしも学内に第4インターがいたら、そっちになびいていった可能性大なのであります(笑)
だからその後のJR総連が何をやったのかということには格別の関心を持っていません。黒田の死については「内ゲバの種まいた張本人がオトシマエをつけないままに逝っちまいやがった」という感想ですね。

で、学会・・・ゼイゼイ
「威風堂々の歌」「紅の歌」「東洋広布の歌」を知っているということは、日本国憲法擁護連合さんは学会員だった(である?)のでしょうか?(逆に質問・・笑)男子部のときは、会合などで「学会歌指揮」をよくやったものです。
「組織人」に対する対話が無駄だとは思いません。むしろしなければいけない、と思っています。折伏にかけるエネルギーと手間に比べれば、ナンボのものではないでしょうか。公明党への批判意識も、私の身の回りに濃淡さまざな人々がいます。議論がかみ合いやすいという点では、自然に話をする機会を多く持っています。「随他意」の実践ですね。
宗門に対しては、寺信心などに魅力を感じたことはないし正しいとも思いません。寺から日蓮仏法を教えてもらったという憶えはありませんし、「聖」と「俗」に分けて上から見下ろす権威主義には嫌悪感しかありません。
遊牧民さんのブログは見たことはあります。「元学会員」という看板をウリにして、「住民票の大量移動」などという手垢のついたデマを流しているのは信用できません。これは組織の現場を見ている私が言えることです。

日本国憲法擁護連合, 2006/11/29 6:24 AM

長々と話題が及んで楽しませてもらいました。
覆面とか三点セットだとか、新左翼では誰もが経験していることなので笑ってしまいました。

ところで、アッテンボローさんとの対話では、「元カクマル」だと主義者Yさんはいわれていたので、ゴリゴリのカクマルだった方かと警戒していました。というのは、カクマルは国鉄民営化の際、自民党権力と結託して国労や動労千葉を襲撃していたことを認められて、JR総連の支配を確立していったわけですから、カクマルといえば裏切り者、ファシストという感覚があります。

主義者Yさんは、シンパでさえなかったのに、どうして全学連の前段集会に参加されることが可能だったり、公安に追い掛け回されたり、ペンネームで呼び合うことを体験されていたのですか?それってシンパだとしか思えませんけど。通常、全学連の前段集会になるような集会へシンパでない人は連れて行くでしょうか?解散闘争をシンパでない人にも経験させるような、引き回しをするでしょうか?また、ソ連社会論や経済学の学習は、カクマル流の内容でしょうから、カクマルだと気づかれないわけがないと思いますがどうでしょう?黒田の著作なども触れられたということですから、通常カクマルサークルだと気づくはずだと思いますが・・・。カクマルは、シンパにも白ヘルかぶらせていたというし、当時は白ヘルを誰でもかぶったような時代だとも聞きますし・・・。中核派だった糸井重里や坂本竜一などはそういう過去を隠していませんね。

で主義者Yさんが、どうしてカクマルがお嫌いかといえば、「内ゲバ」党派だからでしょうか?私はむしろ、カクマルとは口先では「革命的」な言葉を羅列して演説しまくるが、実際は労働者の闘いを裏切り、闘う人々を襲って資本や権力側に寄り添っている人たちという感覚があります。
ですから、「内ゲバ」というとらえかたを私はしていません。裏切り者、闘う人々を襲撃するファシストだと認識しています。村岡の批判に関していえば、彼がそんなJR総連の豊富な資金源に頼って飯を食っていこうとしているから裏切り者だというようなイメージでみられているのでしょう。

学会に関してですが、私は学会に在籍ということになっていました。ですから、詳しいのです。
宗門問題でいえば、学会は新興宗教という批判を日蓮正宗の信仰だということで回避してきたといえますし、そもそも日蓮正宗の信徒団体が起源ですので、今の学会の主張や行動は常軌を逸脱していると思いますよ。第一、ご本尊を勝手に刷ってるし、学会が配っているご本尊は「八界曼荼羅」で普賢菩薩等がありません。よく確かめてください。
遊牧民さんの正信会もおかしな主張をするにいたっており身延と共同して「日蓮上人」展をおこなうなど妙な方向にいっています。

ただし、遊牧民さんの公明党批判を私は支持します。
主義者Yさんは、自民党政治を批判されていますが、そんな政党と結託する公明党に投票されているのですか?

, 2006/11/30 12:00 AM

うーん、そもそもアッテンボローさんのところで「元カクマル」だなんて言った憶えはないのですが・・
公安に追い掛け回されたりもしていませんし、ペンネームは私自身は使っていません。全学連の前段集会(82年代々木反核集会の)は、サークル入部直後に行ったわけですが、その会場ではじめて私は「なんだ革マル系なのか」と知ったのです。そういう集会へ連れていかれるのがシンパに限られるのかどうか、それが「通常」であるのかは私は知りません。ともかく革マルという党派色を出した集会に参加したのは、その1回だけです。それも会場に来るまで知らなかったのですから。
「解散闘争」についても、革マル派がどういう考えだったかはわかりませんが、私は引き回されました。
同じ学部の知人が学外の革マル派のデモに参加した話を聞きました。彼はべつに社会科学系の人間ではなく、マルクス主義に特段の関心すらない人でしたが、そういう人でも誘いがかかってヘルメットを被るようなデモに参加できたのです。べつの知人もやはりデモに初参加して、なんの手違いか最前列に立たされてしまい、機動隊に直面したのが「とても怖かった」という感想を聞きました。そういうことで私の見聞した範囲では、厳格な人選をしてデモ集会に連れて行くということは全然なかったと思います。軽い気持ちで参加できる人はそんなノリでしたよ。けっこういい加減なものです。
私が革マル派を嫌う理由は難しい理屈ではありません。人殺しをした過去を反省も謝罪もしていないからです。
サークルで勉強したのは「賃金・価格・利潤」といった経済学の入門であったり、「ヴェラ・ザスーリッチへの手紙」をドイツ語で読んだり、袴田茂樹の現代ソ連社会論を学んだりといったようなものでした。今思い返しても学習内容が革マル派の色彩があったとは思えません。革マル派への批判を言えないような空気のなかで、それでも2年間我慢したのはこういう学術的な研鑽ができる場が他に見出せなかったからです。目立った活動をしていた他の左派サークルは民青系だけでした。そっちには尚更、当時は行きたいとは思わなかったですし。

学会に「在籍ということになっていました」というのがよくわかりません。自ら決意して入信したのではないのですか?
ご自分のブログが学会旗の三色になっていると言ったり、創価学会叩きに対して連帯を呼びかけたりしていながら、「今の学会の主張や行動は常軌を逸脱している」と激しく非難されているので、日本国憲法擁護連合さんの気持ちがどっちを向いているのかサッパリわかりません。宗教上の議論をネットでするのは徒労に終わるので、これ以上の展開は差し控えたいと思います。

一連のエントリー内容で自然におわかりになると思いますが、今の私は公明党には投票しません。
そんなところで、そろそろ終わりにしたいのですが。現下の状況に対するエントリーを書くほうにエネルギーを向けたほうが生産的だと思います。

主義者Y, 2006/11/30 12:02 AM

あ、↑の発言は私です(笑)

pp, 2006/12/03 7:49 PM

日本国憲法擁護連合=うちはだいこ武勇伝

『アッテンボローの雑記帳』 から その
http://rounin40.cocolog-nifty.com/attenborow/2006/01/post_771e.html

>うちわだいこなる人は2チャンネル界隈で評判の悪い人と言うことしか知りません

 「うちはだいこ」は2ちゃんねる界隈だけじゃなく、中核派界隈、第四インター界隈、共産趣味界隈などでも、おそらくは蛇蝎のごとく嫌われているか、うさんくさく思われているはずでしょう。
 四トロ同窓会三次会の過去ログ、2003年5月15日から27日にかけて、「田村2」を名乗る人物が、そして2003年10月22日から24日にかけて、「もも」と名乗る人物が登場していますが、これが「うちはだいこ」です。

>日本国憲法擁護連合さんと同一人物なのかどうかについては私には判断材料がないために何とも言いかねます。
 「福岡在住」「法政大学出身」「元中核派シンパ活動家」「日蓮正宗信者」などを名乗っているという点で、完全に一致します。
  投稿 通行人 | 2006/01/19 23:55:19

 通行人さん情報提供有り難うございます。明日にでもご紹介
>アッテンボローのブログより 2006.1.12

まず、相手に対して「自分の立場を明らかにせよ」というのであれば、まずは自分自身の立場を明らかにすることからはじめるべきでしょう。
,覆次中核派を追放され、中核派と無関係になったのか?
△修靴董中核派と関係が断絶したことを、今日、どのように総括しているのか?

 あなたは、この二つについて、一度たりとも語ろうとしません。そのいっぽうで、あなたは、「レモネード」など、いくつかの掲示板で、自分があたかも「中核派の代弁者」ででもあるかのようにふるまってきました。

, 2006/12/04 9:45 AM

あなたはアッテンボローさんのブログで、アッテンボローさんから、カクマルだった方と話するのははじめてだといわれていたと思います。つまり主義者Yさんがそういう言い方をされていたわけです。ただし、カクマル系のサークル員にすぎなかったのだと弁解されている内容は理解しています。それから、前段集会でカクマルだとわかって二年間もお付き合いできた主義者Yさんの不思議さは以前としてのこります。公安に追い掛け回されたという表現は、主義者Yさんご自身が、解散闘争について話題に出されているわけです。通常、解散闘争を体験するのは、「党派」の集会やデモの後だということです。実際、公安が集会やデモがおわると付回しますので、解散闘争になるわけでしょう?それを主義者Yさんは体験しているといわれていますね。それから、カクマルは党員でなくても、シンパにヘルメットを被せるといわれているが、主義者Yさんは、ヘルメットを被らされたのですか?ならばシンパといえなくないですか?あなたのお気持ちは、カクマルサークルに二年いた程度なんでしょうが、メットを被った集会や解散闘争を体験する集会にいかれたことはあるわけでしょう?

それからカクマルが許しがたいのは、たんに人殺しだというロジックではなしに、国鉄民営化の際、左翼を装いながら権力に寄り添って民営化賛成をぶち、反対派を襲撃しまくった集団だということです。実際、カクマルは中核だけを襲撃したのではなく、国鉄民営化に反対していた熊本大学のブント系サークル(主義者Yさんがぞくしていたようなサークルの類です)を鹿児島大学のカクマルが集団で襲撃したことさえあります。しかし、今もカクマルは闘う労働運動を形成してきたかのように、闘う左翼であるように装っているのが度し難いわけです。実際は、闘う人々を襲撃するファシスト集団に他ならないのですから。

>学会に「在籍ということになっていました」というのがよ>くわかりません。自ら決意して入信したのではないのです>か?

「福子」という言葉ご存知でしょう?

>ご自分のブログが学会旗の三色になっていると言ったり、>創価学会叩きに対して連帯を呼びかけたりしていながら、

学会叩きを私がやっている?そういう発想が主義者Yさんは組織人なんではないでしょうか?たとえば、学会はイラク戦争を推進する自民党・公明党を積極支持していますが、主義者Yさんは、そんな公明党に投票されているのでしょうか?学会は、イラク戦争とはいわず、イラク復興支援などと詭弁を弄すほどですよ。学会は、公明党投票のためになみなみならぬ活動をしていますが、私は堂々とそういう組織を批判しています。
それが、主義者Yさんにとってそれらの批判が学会叩きにとらわれるのは、主義者Yさんの掲げる政治信条とは矛盾するのではないでしょうか?たとえば、沖縄県知事選挙で、そうとう学会が動いていますが、主義者Yさんは、そういうことについてどう総括なさいますか?沖縄における学会「組織」の活動を批判することが学会叩きになるとでもいうのでしょうか?遊牧民さんの指摘はそういうことが本質なわけです。私もそれに同意するわけです。だって私は自公政権を支持してませんから。ですから、主義者Yさんに、公明党に投票しているのですかと聞いたのです。


>「今の学会の主張や行動は常軌を逸脱している」と激しく>非難されているので、

だって、学会の選挙についてどう思います?
主義者Yさんは、組織にいわれるがままに公明党に投票するのですか?そのへんをきいているのです。
学会でもその他の政党に投票したり支持したりするのは間違いですか?

>日本国憲法擁護連合さんの気持ちがどっちを向いているの>かサッパリわかりません。

私が主張しているのは、公明党が路線転換したこと、自民党にくっついていることへの批判です。そして、牧口初代会長が治安維持法で獄死しているのに、権力につうじて共謀罪に賛成する公明党・学会への批判そのものです。「魂」をうったのは、今の学会組織ではありませんか?
主義者Yさんは、公明党の変質にとまどいを実際コメントされているではありませんか?
信仰と支持政党は別だということは間違いでもなんでもありません。そのへんのご理解をしてほしいです。

>宗教上の議論をネットでするのは徒労に終わるので、これ>以上の展開は差し控えたいと思います。

同文。

それから、右翼が付回していろいろコメントしてますが相手になさらないでください。

主義者Y, 2006/12/04 1:02 PM

署名なしコメントですが、日本国憲法擁護連合さんからのものだと判断してお答えします。

アッテンボローさんの誤解にまで私は責任を負えません。すぐに否定していたと思いますので、その後のアッテンボローさんとのやりとりの中では、私はカクマル扱いはされておりません。
タクシー分乗させられたのは、学内の学費値上げ反対闘争のときです。全学部がストをうち、スト実行委員会が設置され、私はその会議に参加しました。夜遅くなったのでスト実活動家の判断で、そういう帰宅方法になったのでしょう。私自身は「そこまでする必要はあるのか?」と訝る気持ちはありました。おそらくありもしない尾行を撒くために、グルグル回った結果がパトカーの後ろについてしまったというオチを、先のエントリーでは笑い話にしたのです。
革マル派が嫌だったからといって、全学ストライキ闘争に加わるまいとまでは思いませんでした。
私はヘルメットを被ったことはありません。

創価学会への理解が増してきたころ、サークルの先輩から「学会は入信した人に高い仏壇を売りつけるんだよ」と中傷の言葉を聞いて、内心ムラムラと憤ったことがあります。党派への不信に加えて、内面のデリカシーな部分への無遠慮な言動に対しても。それでも我慢していたのです。学べるところからは学んでおこうと。
そういう忍耐力は「不思議」と評されるかもしれませんね。

ここまで書いてまだシンパ呼ばわりされるのなら、甚だ不愉快です。

「今の学会の主張や行動は常軌を逸脱している」との非難については「八界曼荼羅」云々の本尊誹謗のゆえに、日本国憲法擁護連合さんはアンチ学会なのでないかと思いました。これは公明党支援という政治的次元を超えて、信仰上の誹謗だと受け止めます。

日本国憲法擁護連合さんにここまでお付き合いしてきたのは、このコメント欄を読まれる方々への私の自己紹介でもあったからです。
疲れるので、これで最後にしてください。

c縁胼鎣≧紊絖, 2007/01/02 10:58 AM

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