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ゲシュタポ尋問官と大阪市職員

私がよく参照させていただいている草加さんのブログ「旗旗」に、大阪市の野宿労働者強制排除の報告記事があります。
先の「白バラの祈り」エントリーでゲシュタポ尋問官モーアのことを書きましたが、「職務の範囲内の良心」などという皮肉なタイトルをつけたのは、じつは草加さんのレポートが低意にありました。具体的には排除にかかる大阪市職員の顔が念頭の一部にあって書いたものです。もちろん歴史的背景など全然違うし、固い信念をもって現場に臨んでいたというわけでもなかったでしょう。
しかし私はこれから先の現実として、このような職員の苦悶の表情を見る機会が多くなっていくのではないかと危惧しています。それは行政の職員という立場に限らず、いろんな問題や場面で、私たち自身の苦悶となる可能性が高くなっていくのではないでしょうか。だからこそゾフィー・ショルの勇気が欲しいのですね。
この公園からの「ホームレス」排除の様子を、テレビのニュースでご覧になった方は多いと思いますが、日々次々と押し寄せる「事件」の波で、たいていの人は既に記憶の彼方に薄れてしまっているでしょう。でも、そこで実際に何が起こったのかは、マスメディアはなかなか伝えてくれません。「旗旗」の記事は、現場の行動に参加された立場からの生々しい報告です。
ぜひ、これはご覧になってください。
「ゲシュタポ尋問官と大阪市職員」という強烈な題をつけたのは、多くの方に注目してもらいたいという意図がありました。
私たちが茫漠としてマスの報道しか受け取っていないとき、何を知らせてもらえないのかが、よくわかります。


at 20:38, 主義者Y, 人権

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草加耕助, 2006/02/27 3:46 AM

ご紹介ありがとうございます。
野宿労働者のテントを破壊するために派遣された職員の苦悶の表情を見て、確かに「やりきれなさ」も感じましたが、同時にある種の「救い」も感じました。

エントリー本文でも機動隊の比較を何箇所かで書きましたが、もしこれが機動隊の場合なら、まったくの無表情でまるで機械かロボットのように命令のままに破壊していったでしょう。それが「プロ」というものです。実はそちらのほうが、はるかに「やりきれない」です。大阪市の職員は暴力行為に関しては確かに「アマチュア」であったと思う。

それはどういうことかと言うと、目の前で非人道的な行為を行っているのが、人間だということを知りたい。あなたがロボットや怪物でなく、人間の母親から生まれ、子供の頃があり、泣いたり笑ったり、そして家に帰れば子供を可愛がる、そういう「人間」の一種なのだということを知りたい。ただ憎むべき相手であり、ぶっとばしても、場合によっちゃ殺してもあきたらないような、そんな存在であると思いたくない。そういうことです。

ベトナム戦争でも、徴兵されて、前線に送られる直前に兵士が受けた「訓練」は、結局は戦闘技術の向上なんかより、要は眉ひとつ動かさずに「平気で人を殺せる人間」になることだったと言います。確かに戦場で人を殺すたびに、いちいち良心の呵責や痛みを感じていては「プロ」とは言えないし、生き残ることも難しいでしょう。機動隊もそれと同じことです。そういうふうに訓練された「プロの技」を見ることが、実は何より一番やりきれないのです。

きのうは様子っぽい強制したの?










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ブログ「旗旗」, 2006/02/27 3:49 AM

ムービー(動画)コーナーに「野宿労働者への強制排除抗議」の映像をアップいたしました。当日の排除がはたしてどんなものであったのか、支援者は暴力的であったのか、是非ともご自分の目でご覧いただきたいと思います。報告記事については、いまさら私が書くのもはば