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革マル派のオルグ

トロツキーの永続革命論、宇野経済学、対馬忠行のソ連論、梅本克己の主体性論、それから黒田寛一の「現代における平和と革命」「社会観の探究」その他も読んだ。
学生時代のハナシだ。
サークルの先輩の本名も知らず、ペンネームで呼び合う奇妙な世界に2年間いた。おそらく公安によるものだろうが、留守の間に部室の本棚を乱された跡を見やって不気味な思いを味わったこともある。学費値上げ反対の団交・実行委の会議が終わって学内から帰るとき、「権力の尾行」を撒くためにタクシーに分乗してグルグル意味もなく回ったこともあった。あのときは何度か角を曲がったらパトカーの直後についた(笑)

べつに活動家ではなかったのだが、律儀によくつきあっていたと思う。
「なんでそこまで理論的に受け入れていながら、君が革マル派に入らないのかよくわからないなあ」
そんなふうに言われてオルグを受けたことがある。
そうだろう。私はかなり「ものわかり」のいいほうの人間だったに違いない(諸理論の知的理解の深度はともかく)。
だが、当時もそうだったし現在もそうだが、革マル派は内ゲバに対しての過ちを認めていない。私が同意しなかったのはその一点だった。そのことはハッキリ言った。相手は私の反駁に対して明確には返してこなかった。
「革命的暴力とは何か」とか「党派闘争論」とか、私をオルグしてきた人はそれなりに言いたいことがあったのかもしれない。あるいはオルグの入り口としては、そういう論点を避けようという判断があったのか。
それでもその当時でも、「内ゲバのことを正面から気にしてくる君は珍しいね」と言われた。私以外にオルグを受けた人、加盟した人はそうではなかったのだろうか。気にしなかったのだろうか。意識的にはぐらかしたのか、あえて目をつむっていたのか、どちらかとしか思えない。同盟員としての当初から「革命的暴力」論を内面化して活動していたなどとは、とうてい思えない。

結局そんな私が2年間もその革マル系サークルに在籍し続けたのは、やはりそこを曖昧にしていたからだ。学内の集会には参加したが、いわゆる革マル系の学外集会へは行ったことはない。とりあえず場を同じくはしていたけれど、シンパではないという姿勢は守りとおした。
その間、革マル派の学生活動家とは何人も顔見知りになった。新左翼世界のなかで同派が嫌悪・憎悪される存在であることも判ってきた。学内は彼らが党派的に牛耳っていたので、ある意味で「平和」だった。党派間闘争の醜悪な現場を目撃しなかったのは、幸いなことだったのかよくわからない。もしそういう現場に行きあっていたら、もっと「内ゲバ」という問題意識を突き詰めて持つことができたかもしれないだろう。だが、そうではなかった。
私はアカデミシャンな「研究」に逃げ込むことで、彼らと同居する時間を過ごしたのだ。文学・芸術系の学生なら、あるいは社会科学系でも非マルクス主義を明確に宣明している立場なら、それなりにスッキリと同居できただろう。だけど私は「マルキスト」「トロツキスト」だった。それにもかかわらず、「居場所」を失うことを怖れて何も言わなかったのだ。
2年後、ついに耐え切れなくなって私はサークルを辞めた。

互いの血と脳漿を飛散らす苛烈な殺人行為の記憶が、既にやや遠くなっている時代(80年代前半)ではあった。でも、忘れてはならないことだったはずだ。私はそのことを問わなかったし、問う勇気を持たなかった。肝心要の問題に目を塞いでおいて、何の「主体」だろうか。
思想をもった己の肉体の在り処を、ぎりぎりに問う機会を避けたことは、おそらく今に至る負債を自身に負ったのだ。あの青春の日々に。

私の接した活動家は真面目で、人間的な魅力もあった。だから私は今も「カクマル」とは書けない。他大学で中核系学生がビラを撒いている姿を見たときも、互いに敵対関係にあるということを想像することが全くできなかった。これは甘っちょろい感傷だろうか。悲しんではいけないことだろうか。
しかし、どんな理屈をつけても、そうした若者たちが殺しあうことを「民衆」は理解できない。

微細な歴史の襞に分け入った追究と総括をする能力は、まだ今の私にはない。恐怖と屈従・憤怒の経験を我が身に刻んできた人々に比べれば、私の想いなどは牧歌の類だろう。そのことを弁えつつ、だけど、未来に向かっては逃げないようにしよう。

「内ゲバ」の宿弊は、いまこそ問われるべきだ。

あえて、悪く言います(別に気にしなくてもいいんだが)
全左翼は自分の内なる「内ゲバ主義」と向き合おう(旗旗)


at 19:58, 主義者Y, 元サヨのつぶやき

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アッテンボロー, 2006/01/15 9:49 PM

 左翼の運動に限らず様々な運動において意見の対立をゲバルトで解決しようとした事は