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ロゴスの会(村岡到)HPの紹介

最近自分ではなかなか記事が書けませんが、ちょっとだけ。

社会主義者(マルクス主義者)たらんとしていた私の20代のころ、トロツキズムにこだわりながら三里塚にも行けなかったときに出会ったのが村岡到氏の「スターリン主義批判の現段階」でした。
なんらかの組織に継続的に関わったといえば、村岡氏のグループが唯一です。就職して何年かたったあと、しばらく疎遠になっていました。その後インターネットが普及して、氏のHPを発見してメールを送ったところ返事をいただきました。あんまり自分のことを詳しく書かなかったので、えーっと誰だっけ?というような返事でしたけど(汗)

そんなことで、こちらが一方的に「師匠」と仰いでいるのですが(笑)、「社会主義」論を考えるうえで私がかなり影響を受けた人です。
最近ではオーストロ・マルクス主義や変革の「法」的要素に注目しているようです。
まあ、アッテンボローさんが本多延嘉氏の著作を再読するのに似た衝動ですな(笑)

ロゴスの会
(サイドバーのLinksにも入れときました)

(追記)
本多延嘉氏の下の名前の字がよくわからなったので「本多延」でgoo検索したら、アッテンボローさんのブログ記事が2番目、3番目にきていました。
すごい(笑)


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すごいマルクス主義や、師匠とかを普及しない


アッテンボロー, 2005/09/30 3:59 PM

 今日は。Googleの検索でびっくりしています。本当に私なんかの記事がヒットするんですか?いつの間に・・・ でも一番は前進ですよね?でないと絶対おかしい。

schim, 2005/09/30 8:11 PM

はじめまして。
私アクセスアップ!ブログランキングブログの運営者の
schimと申します。

あなた様の記事をブログを拝見しましてぜひ相互リンクを
したいと思いコメントさせていただきました。

当ブログは人気blogランキング、アフィリエイト板でだいたい30位前後を維持しています。

相互リンクによってお互い、たくさんの方にブログを見ていただけたらと思います。
もしよろしければ http://blog.livedoor.jp/schimap/ の私のブログからコメントをいただけると幸いです。
ぜひ、よろしくお願いいたします。

主義者Y, 2005/09/30 8:55 PM

schim様
>私のブログからコメントをいただけると幸いです。

申し訳ありませんがこちらで回答いたします(もしご覧になるのであれば)。
多くの方に見てもらえるのは確かに望むところですが、全くジャンルの違う場から無差別に「一見」さんを呼び込もうとは思いません。
地味な記事でも興味を持って読んでくださる少数の人を大切にしたいと考えてます。
カウンターの設置はおおまかな数を知るためで、10万アクセス目標!とかいうものではありません。

とか言って、第三者むけのレスでした(笑)
同一文のバラマキコメントでなく、もし再度いらっしゃたらゴメンナサイm(_ _)m

主義者Y, 2005/09/30 9:04 PM

アッテンボローさん

再度gooで見てみたら「前進」は7番目でした。上位はマル共連やウィキペディア、公安調査庁(笑)などです。
よくはわかりませんが、検索エンジンなんてそんなものです。意外とブログ記事が上位にくるようです。

草加耕助, 2005/10/01 4:54 AM

村岡さんと言えば、ちょうど私が左翼になりたてくらいの頃に「稲妻グループ」を立ち上げた人だったかな。当時18歳だった私が「稲妻」を読んで憶えているのは、インターに対するスキャンダラスな批判で、あんまり良い印象を持ちませんでした。
なんとなーく「新左翼なんてもうダメホ」みたいなことばっかり言ってる人という印象でしたね。90年代ならそういう人も珍しくなかかったけど、そのはしりかな。
その頃に私が所属していた党派は、当事の新左翼では珍しくというか、ほとんど唯一、倍々ゲーム的に動員を伸ばし続けていた伸び盛りの党派でしたからね。「新左翼がダメなんじゃなくて、お前らの路線が間違ってんだよ!」くらいに思って鼻息も荒かった。いやー、若いっていいですね(笑)。

主義者Y, 2005/10/09 11:55 AM

>稲妻グループ
そう、暴走族みたいな名前ですが(笑)たしか80年の立ちあげだったかな。私が関わったのは、その4、5年くらい後だと思います。私にとっては、「反帝反スタ」的な考えを修正する転換を与えてくれました。まあ、学習会の末席にちょこんと座っていた程度ですが。
「稲妻」紙に書評(ポール・M・スウィージー『革命後の社会』)を一本載せてもらった記憶があります。それとしばらくの間、同紙「国際短信」の欄を、「赤旗」の国際ニュースをソースにして、毎号まとめていたこともありました。。ブル新(懐かしい言葉・・・)とは違う情報源だということで。
思えば20年も前のことですが、自分はあれから理論的にはどれだけ成長したのだろう(汗)










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