<< ミュージカル・バトン | main | 「スーサイドクリフ」「バンザイクリフ」の断崖から >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

at , スポンサードリンク, -

-, -, -

共産党 萩原遼氏を除籍

萩原遼氏を除籍(6月23日:しんぶん赤旗)
共産党:朝鮮総連批判の作家を除籍 「党の活動を攻撃」と
(6月22日:毎日新聞)

日本共産党中央委員会の規律委員会が、萩原遼氏(元赤旗平壌特派員)の除籍を決定した。萩原氏はしばらく以前から独自の立場で北朝鮮問題に取り組んでいたので、「まだ党籍があったのか?」と驚いている人もいるようだ。
現段階で萩原氏の詳細な主張を知ることはできないが、上記報道によるかぎりでは

‘朝平壌宣言を評価した党の姿勢を党外メディアで批判
朝鮮総連結成五十周年記念レセプションの会場周辺で党批判ビラを配布

という同氏の行動が問われたようだ。

あらためて党規約を読んでみる。
第十一条 党組織は、第四条に定める党員の資格を明白に失った党員、あるいはいちじるしく反社会的な行為によって、党への信頼をそこなった党員は、慎重に調査、審査のうえ、除籍することができる。除籍にあたっては、本人と協議する。党組織の努力にもかかわらず協議が不可能な場合は、おこなわなくてもよい。除籍は、一級上の指導機関の承認をうける。
 除籍された人が再入党を希望するときは、支部・地区委員会で審議し、都道府県委員会が決定する。

第五十四条 除名は、党の最高の処分であり、もっとも慎重におこなわなくてはならない。党員の除名を決定し、または承認する場合には、関係資料を公平に調査し、本人の訴えをききとらなくてはならない。
 除名された人の再入党は、中央委員会が決定する。
今回の萩原氏の処分は「除籍」(11条)であって「除名」(54条)ではない。この11条中の「第四条に定める党員の資格を明白に失った党員」に該当したとみなされて除籍処分されたと思われる。
第四条 十八歳以上の日本国民で、党の綱領と規約を認める人は党員となることができる。党員は、党の組織にくわわって活動し、規定の党費を納める。
年齢・国籍を別とすれば、綱領・規約の否認、未活動、党費未納が党員としての欠格条項ということになる。ここで重要なのは規約の否認であろう。まわりくどくて当たり前のことだが(笑)、つまり規約に反する行動をした党員は除籍の対象になるということだ。
いくつか規約のポイントをピックアップしてみよう。
第三条 党は、党員の自発的な意思によって結ばれた自由な結社であり、民主集中制を組織の原則とする。その基本は、つぎのとおりである。
(二) 決定されたことは、みんなでその実行にあたる。行動の統一は、国民にたいする公党としての責任である。
(四) 党内に派閥・分派はつくらない。
(五) 意見がちがうことによって、組織的な排除をおこなってはならない。

第五条 党員の権利と義務は、つぎのとおりである。
(五) 党の諸決定を自覚的に実行する。決定に同意できない場合は、自分の意見を保留することができる。その場合も、その決定を実行する。党の決定に反する意見を、勝手に発表することはしない。
(八) 党の内部問題は、党内で解決する。
党員の権利義務を規定する5条で謳っているのは「党に対する批判を党の外で述べるな」ということだ。萩原氏の処分は要するにそういうことだ。
この組織原理は3条で言う「民主集中制(民主主義的中央集権制)」に連動する。この「民主集中制」こそが、ロシア革命を範とする伝統的な共産党組織に固有の原則となってきたのである。

「みんなで決めたことはみんなでやろう」「自分勝手な行動はするな」というのは、共産党でなくても一般的に多くの団体や組織で求められる、いわば「常識的な」決まり事だ。また組織のルールは状況によって、現実的にはしばしば緩やかに適用されることが多い。そのため、目くじらを立てて言いつのることではないように思われるかもしれない。
しかし「民主集中制」という概念で、それが共産党以外の組織にはない優れた組織原則だという意識が、この党では厳格に強力に作用するのである。これはボリシェヴィキ以来の伝統なのだ。戦後の日本共産党がソ連党の指導性を廃し、中国共産党とも袂を分かって「自主独立」路線を確立していったあとでもなお、この組織原則は継承している。

歴史的にはロシア共産党の第10回党大会(1921年)において、党内の「分派禁止」が決議されたことに淵源がある。クロンシュタットの水兵反乱に直面した危機が、党の結束を優先する措置として「分派禁止」を呼びかけるものとなったのだ。当面の一時的な方便として導入されたこの規定が、のちに「民主集中制」として定式化された組織原則になっていくのである。そしてこれが、スターリン体制下で党内の異論派を圧殺していく理論的テコとして作用していくことになる。

徹底したスターリン主義批判を行い得なかった日本共産党は、いまなおこの組織原理を払拭できない。それが規約3条4項の分派禁止規定である。これは「派閥」の形成を良しとしないような一般的な気分を成文化したものとは遙かに次元を異にする、共産党組織のコアを規定する条項なのである。
党の決定に異を唱える者同士が連携をすれば、それが「分派」とみなされる。3条5項の規定にもかかわらず、これによって意見のちがうものたちを組織的に排除できる。5項は事実上機能しない。

萩原氏のように「朝鮮総連に対して厳しい態度をとるべきだ」と考える党員は、どのように党内で行動したらよいだろう。そのような意見で多数決を得て党の意思決定をかちとるためには、同じ意見の同志に呼びかけなければならない。そういう動きを容認するか封じ込めるかは、俗な言い方をすれば主流派の胸三寸なのだ。「分派禁止」は現状の多数派が、自分たちに対抗する少数派が多数派へ生成する過程を任意に阻止できる装置となる。朝鮮総連への融和的施策を維持しようと指導部(多数派)が固く決意しているならば、異論派が個人の場でいくら異を唱えようと路線は転換しない。強硬論は党内では流通を許可されないのだ。

それでも屈しようとしない、党の意思を転換させようと試みる党員はどうするか。
萩原氏のように知名度があって、党外での意見発表が力を持ちうる党員はその誘惑に駆られるだろう。それも党指導部が容認する間は可能だ。しかし、日朝平壌宣言への「評価」が党の看板施策へと押し出される段階になると、もはや萩原氏の行動は黙過されなくなる。世間の耳目が集まるなかで、党員が党を批判することを見逃すことはできなくなるのだ。

本来のあり方として、まず党内の議論を尽くしたうえでなお同意を調達し得なければ、その次に党外での言論をすすめるのが順番であると思う。その際に党を離脱することも、あるいは除籍・除名ということもあるかもしれない。「党に対する批判を党の外で述べるな」というルールは基本的には正しい。しかし「分派禁止」は党内での議論を閉塞させ、さらに言えば「行動の統一」を異論派にも求めることは、場合によっては耐え難い苦痛をもたらすことになるだろう。現状の共産党規約は「内」にある人材を容易に「外」へ追いやるメカニズムを内包している。このことが長期にわたって共産党の人材を枯渇させ、理論的ポテンシャルの低下を招いてきた。

私のとりあえずの結論。
少数派は意見の保留とともに、行動の保留も認められるべきである。ただし、少数派は多数派の決定を尊重する。(「尊重」の態様は様々に考えられる)
分派の結成は認められるべきである。具体的には分派独自の機関誌・HPなど、固有の媒体の容認。
すなわち「民主集中制」の廃棄。


・・・このへん、じつは往年の「反スタ左翼」の一部では常識だったと思うけど、あえてまとめてみた。左翼内部の議論が低迷している現況では、くりかえし提示してみるのも意義があることだと思うので。

(関連エントリー)
「金正日 隠された戦争」萩原遼(文芸春秋)(1月19日)


↓この記事に「ん」と思ったらクリックしてください^^)

人気blogランキングへ

at 22:25, 主義者Y, 共産党

comments(4), trackbacks(1), -

スポンサーサイト

at 22:25, スポンサードリンク, -

-, -, -

comment
アッテンボロー, 2005/07/01 12:47 AM

 初めてお便り差し上げます。「旗旗」へのトラックバックをたどりこちらにたどり着きました。民主集中制と分派の禁止については反スターリン主義を掲げる新左翼の世界で自明のこととのお話なのですが、私がかつて所属していた中核派の場合どうも違うようです。どちらも現在の党規約に謳われておりますので、同じ反スタでもこの点では色々見解が違うのだなぁと感じました。

主義者Y, 2005/07/01 6:40 AM

アッテンボローさま ようこそお出で下さいました(^^)
そうです。中核派の場合は定かではなかったので「一部」と表現しました。第四インターは明確ですが、革マル派もいちおう分派禁止とは言っておりません。ただし後者の場合、実質機能してませんが(笑)ブントや構改諸派のなかでも、そういう問題意識をもつところはあったかなあ、というおぼろな記憶です。
自党のなかに分派を認めるかどうかということが、他党派との統一戦線のありかたにも影響していると思います。特に比較優位にあるときに、えてして力の論理が前面に出て他の党派に対して抑圧的になるようです。ここのところもボリシェヴィキに範をとっていて(初期は左翼エスエルとの連立ではあったのですが)、いずれ権力奪取の段階では我が党こそが唯一の前衛として躍り出てくるのだ、という傲りがあったのだと思うんです。つまり統一戦線を組んでいたとしても他の党派は解体か併呑か打倒の対象でしかない。ともに革命政権を担う主体としては認めていないんですね。これは中核派も主な批判対象としてしまうところで申し訳ないのですが、内ゲバの病弊はここから発生してくると考えています。それで「反スタ」を言いながら、スターリン主義的な抑圧を自らが行うという笑えない事態が起こってくるという。
草加さんのいた戦旗・共産同ではどうだったのかなあ・・・

主義者Y, 2005/07/01 10:16 AM

念のため第4インター(かけはし)派の規約を見に行ったら、あいかわらず「民主主義的集中制」という言葉は使ってましたね(汗)。ただ「そのような決定にたいする反対意見者はその遂行について協力するよう要請されるが、決定は反対意見者を義務的に拘束するものではない」という規定はあるので、「分派を形成する権利」とともに、実質は伝統的な民主集中制の考え方を排していると思います。
中核派の規約は綱領的認識と一体になったものでしょうか。いろいろと意見したいことはありますが、ここでは控えます。
革マル派についてはどこかで読んだものの記憶にたよったのですが、あらためてHPを確認したら規約すらのせていない。

どうも自分のいたまわりの環境だけで「常識」だったなどと、口走ってしまったようで(笑)
つうことは、もっと声を大にして主張しなければいけないのかなあ。

アッテンボロー, 2005/07/01 1:25 PM

 私のブログにもコメントを頂戴いたしまして誠に有り難うございます。もし、中核派批判がこちらで書きにくいようでしたら、私めのブログでどうぞ述べて頂きとうございます。私の所はまだまだ真説故にお客様が少ないので、自由に論議頂けるかと存じます。










trackback
url:http://ichyamada.jugem.cc/trackback/215
旗旗, 2005/07/06 8:14 AM

戦旗・共産同の規約について、ここに収録したのですが、以下にその規約を読み返してみ...