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福知山線脱線事故 JRと私たちと

ずっと自宅にいると、ついついテレビの電源を入れてしまう。
見たくなくても脱線事故のニュースが目に入ってくる。人に死なれる悲しみを、いやというほど見せつけられる。辛いので見たくないが、見てしまう。それでも遺族の声の途中でスイッチを切ることもしばしばだった。この地球上でそんな悲しみは日常茶飯だ、特別なことではないと言われても、やはり目に触れる報道で心痛むことは否めない。

なぜ、こんなことが起きてしまったのだろう。
様々な原因究明がいまでもなされている。偶発的事故ではなく、人の手によって防ぎ得た事故であれば何としても防がなければならない。それが生の途中で断たれてしまった人々を弔うために、残された者たちの悲しみを癒すために、かならず応えなければならないことだ。あたりまえのことだけれど、何度でもくり返して言うべきことだ。何度でも何度でも何度でも、くり返して言うべきことだ。
JR西日本は、責任逃れの言辞を弄することに汲々とするな。
息子の遺影を支えきれずによろめく母親の悲嘆に同苦する気持ちがあれば、おのずと自らの為すべき振る舞いがわかるはずだ。幹部から現場の職員に至るまで、それぞれの誠実さを果たせ。もう、絶対に事故は起こしませんという決意を示せ。自分たちに不利な情報も含めて、事故原因に関連する事実をすべてさらけ出せ。

事故前に、指令所が高見運転士を呼び出そうとしていたのは、カーブに進入する際の、運転操作でもっとも重要なタイミングだったことが関係者の証言で分かった。指令所から二度にわたる呼び出しを受けた高見運転士は、オーバーラン後の動揺の中でのブレーキ操作に加え、指令所への応答という“三重の緊張”を強いられていたとみられ、専門家も、“過密ダイヤ”に縛られる運転士は想像以上のプレッシャーにさらされると指摘している。
5月3日:産経新聞

いっぽうで私たちの考えるべきことは何だろう。
「1分30秒」の遅れがパニックになるこの世界を、やはりどこかおかしいと思わなければいけないのではないか。
「日勤教育」のような、イジメて人を傷つけるだけの懲罰研修の愚劣さに不感症になってはいないか。
「生き残り」をかけてしのぎを削る激烈な競争の社会。
より多く消費できること、便利さ=幸せ と錯覚していないか?
経済成長に有用なもののみを褒め称え、「役に立たない」ものの価値を不当に貶めてはいないか。
一定の「負け組」を前提として繁栄するするような社会は、やはりおかしくないだろうか。
厳しさが人を成長させることも殺すこともできる。競争自体が悪なのではない。いったい「何を」競うのか、その中身を考えることが疎かになっている。本当に価値あることで競うことが忘れられている。
また、他人との競争だけではない。昨日の自分と今日の自分との競争ということを忘れている。いったん「勝ち組」になった者の堕落は、そのことを忘れることから始まるのだと思う。他人より上に立っていることの傲慢さが自身の成長を止める。人間への想像力が枯渇し、自分ではなく他人が犠牲になることに無感覚になる。最低の人間に転落していく。自分が「勝ち組」予備軍だと思い込んでいる者も同様だ。

ぎりぎりに追究された利便性を手放すことは、私たちの生活から「豊かさ」を減ずることになるだろう。しかしその「豊かさ」を放擲してでも、「人間の幸福」を求める覚悟に立つべきではないだろうか。

私は死者に応えるために、その覚悟に立つ。



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at 10:38, 主義者Y, 時事

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setuko, 2005/05/03 1:16 PM

貴方のおしゃるとおりだと、私も感じます。あまりにも利益優先の国鉄時代の体質を、改めることが、最優先になります。それがせめてかけがえのない命を、奪われた遺族への償いになると思います。遺族を弔問に訪れる責任者に、何もいらない、命を返して、叫ぶ、ご父母の言葉に、涙しながら
憤りを感じます。子供に先立たれる悲しみは、痛いほど分かります。若い命、沢山の夢が、あったであろう命、何者にもかえられません。二度と再び起こってはならない事故、国鉄時代の体質改善を要求します。

主義者Y, 2005/05/03 2:08 PM

>setukoさん
ええっと、国鉄時代はむしろ利益無頓着ではなかったかと。
国労のベテラン職員を排除するために過酷な仕打ちをしたイジメ体質は引き継いでいると思います。
また、JR西日本だけの問題ではなく、稠密なダイヤ編成を前提に回転している産業社会を見直していくべきだと思いますよ。そこでそういう社会を構成している私たち個人とつながってくるというのが、このエントリーのもうひとつの主旨です。
だから副題を「JRと」「私たちと」にしたのです。










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のびぃ太のパソコン広場, 2005/05/05 7:15 PM

今朝のTBS「朝ズバッ!」番組でみのもんたさんが吼えていた。「長女亡くした藤崎さん、遺族の連帯呼びかけ」の記事を紹介しながら・・・ たしかにJR西日本の対応の悪さが目立っている。しかし、個人情報保護法がある以上、遺族名簿を簡単に公表できない同社の立場

東京消防庁を目指す!!消防官への道, 2007/02/19 8:11 AM

先日の新潟の消防士の飲酒運転に続いて消防士の不祥事が毎日新聞に載っていました。今度は兵庫県の三田市だそうです。2007年1月17日に、2晩連続で泥酔し、他人の服を持ち去るなどした男性消防司令補(44)を...