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スレブレニツァ

昨日たまたまBSで、スレブレニツァの番組がやっていたので見ていました。
ああそうだ、大戦後ヨーロッパで最悪だったあの虐殺から、今年で20年だったなあと気がつきました。
1995年7月11日のことです。
ボスニア内戦のさなか、ムスリム人が多かったスレブレニツァの町はムラディッチに率いられたセルビア人武装勢力に占領され、女性と子どもは追放、男たちが8000人虐殺されました。

番組は夫と息子を殺された女性を追い、いまも遺体すら見つからない息子への嘆きと、戻ってきたスレブレニツァで今なお続く民族間の憎悪を伝えていました。女性がかつて同じ職場で働いていたセルビア人の同僚も、お互いに口をきくことはありません。20年たってもです。

昨年の6月、サラエボを旅していたときに、たまたま街中でスレブレニツァの写真展をやっていたのに遭遇しました。
(1914年のオーストリア皇太子暗殺事件からちょうど100年にあたる、6月28日に行くのが目的でした)
見てきた者には伝える義務がありますから、のせておきます。






スレブレニツァの街と犠牲者の写真。






発掘した遺骨を納めた棺桶です。
今でも現地は地雷が無数に埋められていて、遺骨の収集には困難が伴っています。
発見された遺骨は、毎年の集団墓地での式典で埋葬されます。



国際連合  連合した無

スレブレニツァに展開していた国連保護軍は、ムラディッチの軍に対して為すすべがなく、虐殺を許してしまいました。



これはサラエボのムスリム人集団墓地です。内戦前はサーカー場だった場所です。
誤解のないように言っておくと、内戦で虐殺されたのはムスリム人だけではありません。
クロアチア人、セルビア人のすべての勢力が殺しあっています。西側報道はムスリム人に対する同情の傾向が強く、セルビア人=悪のイメージを一方的に浸透させてしまった面があります。



サラエボの町で。20年たった今でも破壊された建物が残っています。

at 09:08, 主義者Y, -

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