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どうしたらいいんだろう

90年の湾岸戦争で、多国籍軍戦費の支援に対し公明党は賛成。「どうして?」という私の問いに、婦人部の人は「10年たったらわかるわよ」と。どんな深慮のもとにそういう判断に至ったのかと一生懸命考えた。25年後の今もわからない。

99年の国旗・国歌法。仕事があまりに忙しすぎて反対の運動にも加われないうちに、自民と連立を組んだ与党として成立させた公明党。「強制をするものではない」なんていう法制定時の約束なんて反故同然だが、教育現場における強制には公明党は何も関心を示さない。もしも自分が同じ状況になったら歌わないし起立もしない。そのために職を失うことになっても拒否をするだろう。そのように自分の信条を守るのは愚かなことなのか?なんであれ「命令」で人間に歌を歌わせるということ自体が許されるのか?

03年のイラク戦争前夜。何度も何度も何度もアメリカ大使館前に行った。この上もなくあからさまな先制攻撃の戦争に対し、理解を示した公明党。ありもしない大量破壊兵器の危険を口実にしたことの反省はしないのか。「政治学習会」でそのことを学会員に勉強させたのは誰だ?サマワから帰ってきた陸自隊員の自殺者に対しては何も問題を感じないのか。クウェートからバグダッドまで米軍の兵士や武器を運んだ空自の輸送を、あきらかな憲法違反だとは認めないのか。

イラクの武装抵抗勢力に人質にされた、高遠さんたちに対する冷酷な態度を忘れない。はじめて公明党に対し抗議のメールを打った。

06年、教育基本法改悪に反対し国会前に何度も行った。準憲法といわれた教育基本法を国会の過半数で改悪。国を愛する「態度をやしなう」のが教育の基本目標になった。「態度」という外形的な行為が、教育の達成目標に加わった。歌を歌い、旗に頭を下げる「態度」が求められる根拠になった。礼拝を強要する国家は、もはや「神」と同義ではないか。信教の自由は、礼拝を強要されることを排するはずではなかったのか。治安維持法違反・不敬罪で捕われた創価学会牧口初代会長は、何故獄中で亡くなったのだ!

原発再稼働の容認、避難者への補償打ち切り、特定秘密保護法、集団的自衛権容認の「閣議決定」、マイナンバー、戦争法の強行採決・・・どれひとつ許せない。

辺野古埋め立て承認を取り消す沖縄県の決定に、防衛省が国交省に「私人」として(!)行政不服審査法に基づく申し立てをした。法の趣旨を省みないメチャクチャな審査請求を公明党の大臣は受理。承認取り消しの執行停止を指示。

日本国憲法第53条 「内閣は、国会の臨時会の召集を決定するすることができる。いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」


戦後、一年間のうちに通常国会の一会期しか開かれなかった例はない。4分の1以上の野党の要求を拒否した今回の例は、どうみても明確な憲法違反である。これは安保法をはじめとする数々の反対意思への説明拒否と議論の場を持たせない、政府与党の専横に他ならない。「国会」を開かないとはそういうことだ。
いま、進んでいるのは法治国家の崩壊と憲法破壊だ。そうじゃないのか。

公明党を応援する発言を聞きたくないばかりに、ずっと足を遠のけてきた地区座談会。
数年ぶりに出席した会合の最後に、幹部は「公明党は正しいんです。来年の参院選にむけて頑張りましょう」と挨拶した。

腸が千切れるほど苦しい。
私の苦しみを知る人間は、この地上に誰もいない。この矛盾を、いつまでひとりで抱え続けていかねばならないのか。
永遠に幸せにはなれそうにないなあ。終わりのない苦しみを覚悟しなければならないか。
どこまで体力と精神力がもつのだろう。

at 15:47, 主義者Y, 公明党

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