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自分に宛てられた手紙を読むことを許されない人間

まだ半分ほどしか読んでいないけど、少し思ったことを書いておく。

著者が死刑囚からもらった手紙の一部に、黒塗りがされていることに「これはなんなのだ?」と考える。
もちろん刑務官による検閲なのだけど、その意味や目的が皆目わからない。
死刑囚は大道寺将司である。彼の俳句が一行詩大賞をとったさいに主催者から自選の句を選んで欲しいと要請されたのに対して、いくつか書いた句が消されたらしい。

著者の辺見庸は、それが消された理由をいくつか推測してみるのだが決定的なことはわからない。
そして「死刑囚は人間なのか?」という問いに行き着かざるを得ない。

死刑囚の存在について根源的に問うくだりも読ませられるのだが、一転して天皇制とも通底する「人外」の在り方について筆が及んだときに私はギョッとした。

そういえば彼も、自分に差し出された手紙を読むことができないのだな。

それが当たり前のことになってしまっていることに、目だった異論が出てこないのはどうしてだろう。
いや、少なくとも私自身は強い違和感を覚えていた。
しかし「ひとり」で語る徒労感に、はじめから負けていた。

辺見庸は「ひとり」でやれることをやりましょうと言う。
まったくそのとおりだ。

「ことば」が届かなくなることに、慣れてしまってはいけないのだ。
権力者がウソをついたり、説明をしないことを、大したことではないと思ってはいけないのだ。

何が秘密であるかは秘密なんていう法律がつくられようとしている。
あまりの醜悪さに、あまりの愚かさに、言挙げしようという気力も衰えていたが

「ひとり」でできることは、せめてやっておこうかな。

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at 00:01, 主義者Y, 読書

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