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評価:
百田 尚樹
講談社
¥ 920
(2009-07-15)
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全体としてよく描けた小説だと思います。書店には平積みで並んでおり、映画化もされるようです。
母方の祖父が実の祖父ではなく祖母が再婚した相手であり、実の祖父は終戦の直前に特攻で亡くなっていた・・・そのことを知った現代の息子が、フリーライターの姉の仕事を手伝うという形で祖父宮部久蔵のことを知る生存者に取材をしていくというストーリー。天才的な戦闘機の操縦技術を持ちつつ、「臆病者」と陰口をたたかれながらも戦争から生きて帰ることにこだわり続けた祖父は、なぜ最後の瞬間に生還するチャンスを自ら捨ててしまったのか。その疑問が読者を終章まで引っ張っていきます。
「必ず生きて帰ってくる」という約束が、読者の想像を超えて返ってくる。これがこの作品のいちばん感動を呼ぶところなのでしょう。そんなことがあり得るのか、というほどの邂逅を描くのは多用すると陳腐になりかねませんが、肝心要の場面での小説の手法としては有りだと思います。現実を突き抜けた出来事というものは、それは「奇跡」と言い換えてもいいかもしれませんが、人間の奥深い情念を顕わすときに無二の表現ともなり得るのです。そう、私もこの結末には涙がこぼれました。これだけでもこの作品を広く薦めて良いと思います。回想する元兵士たちの口を通じて述懐される特攻兵たちの苦悩、戦争の推移や軍の腐敗についても特に違和を感じません。たまさか訪れた特攻記念館に展示されている遺書を流し読みして「涙が出た。感動した!」と思い込む浮薄な観念よりも、何十倍もの想いを伝えてくれていると思います。
また、いくつかの書評を散見すると、最後にみすみす生きる機会を逸してしまった理由が明らかになっていないという感想を目にします。私に充分な回答があるわけではありませんが、それは「生きて帰る」という誓いを全うさせ得ないほどの「生き残ってしまう」辛さだったのではないでしょうか。ただそれも、その時代を経験をしていない人間の憶測であるかもしれません。あるいは時代とも関係なく、人が自死を選ぶときの「理由」を、当事者でもない者が明らかに手に取るように「理解」したいということ自体が傲慢なのかもしれません。でも・・・あえて書けば、宮部が直掩任務についた「桜花」隊の全滅が明らかなきっかけとして描かれています。それだけで私には「理由」は要りませんでした。特攻の惨たらしさは、確定された死への苦悩というだけでなく、もっともっと底暗い深さを感じます。この作品はそこに達していると思うのです。
回想の聞き取りを重ねて明らかになっていく真実、というある種平板な構成や、取材をする側の若い世代の描き方に厚みがない、といった気になるところを含みつつも、そのことがかえって読みやすさを結果していると好意的に捉えることもできます。(余談ですが、サイドバーに紹介している「男たちの旅路」では、特攻の生き残り世代の鶴田浩二に対して戦無派の若い世代である水谷豊は簡単に恭順などしておりません。それが「男たちの旅路」の魅力でもあります。)「特攻」という忘れるべきでない歴史を、受け取り伝えていく務めを私たちは負っている・・・そのことを第一に考えれば、この「永遠の0」は優れた作品として多くの人に読んでもらいたいと思います。
そのことを踏まえたうえで・・・やはり言っておかねばならないことがあります。
特攻を語る老人たちの年輪や言葉の奥行きに比べて、それに対する若者たちの薄っぺらさが過剰に演出されているというのか、特に新聞記者高山の(イメージ的には朝日新聞かと思われる)の描き方には露骨な悪意が投影されています。特攻=テロリスト論を吹聴する無礼きわまる男で、「平和主義」である姉もそれに簡単に感化されてしまいます。いくらなんでもそんな記者はいないよ、と思うくらいの非リアルな言動にちょっと辟易します。これは作者の百田尚樹が改憲軍拡論者であるという立ち位置からストレートにくるのでしょう。そう、この小説は反戦小説ではありません。特攻の悲劇を深い場所から描いても、戦争そのものを必ずしも否定してはいないのです。そこは押さえておかねばいけない。特攻という愚かな戦術を採らなくても、あるいはそういう愚かさが胚胎する組織的な腐敗を浄化して、まっとうに戦える軍隊を建設しよう!という方向へもこの小説は向くのです。
最後のエピローグとして、おそらく宮部久蔵と思われる特攻機が見事に米空母に突入します。プロローグの語りと対になっているのですが、なぜこんなシーンを入れたのでしょうか?非業の死ではあるけれど、天才的な操縦技術を駆使してついに本懐を遂げたとさえ思わせるカタルシスを読者に与えます。米兵に奴は「サムライ」だったと言わせ、自分は「ナイト」でありたいなんて、いかにも安っぽく気恥ずかしい締めくくり方になってしまっています。これでは凡百の戦争小説と同じ終わり方になってしまうではありませんか。どうしてこんな凡庸な美しい死にしてしまうのでしょうか。