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スターリンの復活

対独戦勝60周年をきっかけに、ロシアではスターリンの銅像を建立する動きが広がっているという。

露でスターリン像続々 対独戦勝60周年式典前に(5月3日:産経新聞

ヤルタやボルゴグラードでは激論のすえ銅像の設置は見送られたようだが、ヤクーツクでは建立が決定された。スターリンを主人公にした大河テレビドラマも放映されている。
最近の世論調査によると、スターリンを評価すると答えた人は50%で、評価しないとした37%を上回り、42%の人はロシアの指導者がスターリンのような強い人物であってほしいと回答した。こうした国民の中にあるスターリン待望論が像の建立やテレビドラマ放映の背景にあるのは確かだ。
ロシアが、今さら共産党支配の時代にあと戻りするなどということはあり得ない。スターリン像を建てようとする人々が求めるのは、ソビエト時代の「勝利と栄光」だ。
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at 18:28, 主義者Y, 歴史

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柳寛順最期の地

たまには旅のストック写真もご披露いたしませんと。
盧武鉉大統領の3・1節記念演説で名前の出てきた柳寛順(ユ・グァンスン)は「韓国のジャンヌ・ダルク」とも呼ばれる独立運動の闘士でした。
16歳の少女の演説に感動した数千の人々は、日本の憲兵隊へのデモに決起します。そのなかで彼女の父が殺され、母が殺され、彼女自身も逮捕されてしまいます。(並川事件:1919年4月1日)

写真は、ソウル西大門独立公園にある刑務所歴史館の敷地内。
右手の建物の下に地下監房があり、ここで柳寛順は拷問と栄養失調で息を引き取ります。(1920年10月12日)

「天井は高さが1.43mと低いため中腰で過ごすほかなく」と説明版にありました。ここは独立運動に参加した女性だけを収監した場所だったそうです。いったん1934年ころの改築で地下室は埋め立てられ、1992年の独立公園の造成のさいに発掘・復元されたものです。
刑務所の敷地内には処刑場もありました。

建物の周囲は高い壁で囲まれており見えないようになっています。ここでも多くの独立運動の闘士が命を奪われました。

私はナチの絶滅収容所なども見てまわっていますが、死の瞬間の視線をリアルに感じられるこの場の空気には慄然としました。とても嫌な場所です。



以下に盧武鉉大統領の演説全文を転載します。milouさんのサイト「日本の知性にもう一度訴える」(転載)で紹介されていた、梶村太一郎氏の知人の方による翻訳です。転載歓迎ということなので掲載させていただきます。
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at 13:00, 主義者Y, 歴史

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