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どんな結果になろうとも



私たち大人には責任がある。

at 00:35, 主義者Y, 政局

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脱原発・反TPP・消費税凍結

選挙戦への力学が必然的に引き起こした党派の再編成だろう。
石原・橋下一派には与し得ない、「第三極」の残余部分が結集しつつある。(「みんなの党」はその新自由主義イデオロギーがわかりづらくなってしまう「維新」との合流には難色を示しているようだ。)「脱原発・反TPP・消費税凍結」それ自体は左翼勢力の専売政策メニューではなく、保守勢力の枠組みで追求されても全くおかしくはない。本気度の濃淡はあれど、「大同」として纏まる政策の柱であることには間違いない。

基本的は好感をもって受け止めたいが・・・

沖縄の基地問題を訴えるのは「票」にならないせいか誰も言わない、という日本社会の貧しさは相変わらず索漠たるものを感じる。

at 22:23, 主義者Y, 政局

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天皇機関説攻撃と同じくらいバカじゃないか

もうちょっと「暴力装置」発言について

前エントリーのコメントで教えていただいたブログ記事、非常に参考になりました。

改めて仙谷発言を擁護する(inti-solのブログ)

そもそもは航空自衛隊入間基地の航空祭祝賀会で、自衛隊協力団体の来賓が「一刻も早く管政権をぶっつぶせ」という挨拶をしたことが発端で、防衛事務次官通達「隊員の政治的中立性の確保について」というものが発出されたのですね。それに対して表現の自由を不当に縛るものとして世耕議員が噛み付いた。

・・・いやあ、軍隊(私は官房長官でないので、はっきり言いますが)の行事で、現政権を倒せという挨拶をするっていうのは、それはいくらなんでもイカンでしょう。それをたしなめるのは当然ではないですか。世耕議員は軍隊にクーデターをそそのかす行為も政府が認めるべきだというのでしょうか。そういう脈絡のなかで出てきた「暴力装置」という言葉でした。

クーデターなんて可能性の少ない絵空事のように思われるけど、イラクでは文民統制を無視して「駆けつけ戦闘」をするつもりだった現場指揮官がいましたね。

「(陸自の警護に当たっていたオランダ軍が攻撃されれば)情報収集の名目で現場に駆けつけ、あえて巻き込まれる。巻き込まれない限りは(武器使用が可能な)正当防衛、緊急避難の状況はつくり出せない」


いまは参議院議員になっているヒゲの隊長さんです。ツイッターに

マックス・ウェーバーによる「暴力装置」とは「軍隊・警察は国家権力の暴力装置である。国家から権力奪還するためには社会の中に新たな暴力が組織化されなければならない」と暴力革命を是とし、国家は悪であるとの認識では?仙谷官房長官がこの考えであれば、マルクス主義から脱却していないの?


と書いて、マックス・ウェーバーの「暴力装置」という概念を用いることが、あたかも国家=悪と認識し、暴力革命を是認し、マルクス主義と等価であるかのごとく言ってしまいました。さっそく2chあたりでは

 マックスウェーバーがマルクス主義者なのは常識。
暴力装置というマルクス主義用語を使った仙石はやめろ。

自衛隊出身で軍事の専門家である佐藤参院議員が
暴力装置という概念を作ったマックスウェーバーがマルクス主義であることを証明している。


なんて好意的に紹介されてしまっています。身も寒くなるような「常識」ですが。佐藤議員はすぐ誰かに誤りを指摘されて恥ずかしいと思ったのでしょう。ツイッターの当該発言を消してしまって今は読めません
より正確に言えば、ウェーバーでは「国家による暴力の独占」というような表現で、かっちりとした概念コトバではなく、仙谷氏の「暴力装置」というコトバは元フロント活動家のレーニン的教養から出てきたものでしょう。それでもマルクス主義の用語を官房長官が使うことが怪しからんことなのでしょうか。一個の政治家として「あなたの政治信条の他の部分と、どういう整合性があるのだ」と詰めることはできるでしょうが、そのコトバを使うこと自体を怪しからんというのは「思想」を裁くことです。ウェーバーのは学術用語だけどレーニンのは学術用語ではないのでしょうか。なんだか「左翼」だったら話にならないものとして排斥してもいい、という空気になっていませんか。

教養の無さを意地悪く馬鹿にしたくはないけれど、その無知を自覚せず、自衛隊の皆さんに失礼だ、謝罪しろ、と嵩にかかって責めるのはあまりに知性の退廃を感じてゲンナリしてしまいます(すぐに謝るほうも学問的知性を守ろうとする気概が無い)。戦前の天皇機関説攻撃の「畏れ多くも陛下を『機関』とはなにごとだ!」というまことに愚かな糾弾を思い起こさせます。そういう歴史上の経験を思うと、国会内の議論の水準が落ちていくことにもっと警戒せねばならないのかもしれません。
やや下品な表題をつけてしまいしたが、あまりに程度が低い知性に対しては怒らなければいかんと思うのです。


社会人は仕事や家庭で疲れてなかなか読めないかもしれないけど、学生だったら『職業としての政治』くらいは読みなさいよ。文庫本で100ページちょっとしかないんだから。

at 02:10, 主義者Y, 政局

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暴力装置

ひと昔前の左翼運動家なら「軍隊と警察は階級抑圧の暴力装置」という言い方を普通にしていたのではなかったかなあ。ゲバルト(物理的暴力)を行使して国家の既成秩序を維持するという意味での「装置」なのですが。学術的な概念は語感にある種冷淡な響きをもつ場合が多いので、使う場面に気をつけるべきなのかもしれません。オリジナルの概念がマルクスなのかウェーバーなのか、不勉強で未だにわきまえておりませんが・・・

どちらの教養から口をついて出た言葉かわからないけれど、政治家の発言としては無用意だったのかもしれません。追及する側としては無教養なのか、はたまた知っていて攻撃ネタとして活用しているのか・・・両方かな。

法相の発言は論外。


(追記)
ウェーバーがもとで、レーニンが国家論で援用したもののようですなあ。なんとなく思い出した。
仙谷氏はフロント(社会主義学生戦線)の出身だったですな。  はぁ

at 12:41, 主義者Y, 政局

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参院選をめぐって

隠す必要もないのでいちおう書いておく。
私が投じたのは川田龍平氏(東京選挙区)と山内トクシン氏(社民・比例区)だった。死に票にならず両者とも当選できたのは嬉しい。いずれも当落ギリギリの票数だったので、個人の投票行動としてはいい線であったと思う。もっとも、私と近似している政治スタンスの人は同じ投票行動をしているだろうな。これが1人区選挙だったら、こういう選択は非常に狭まってしまうだろう。やはり小選挙区制は改めていかなければいけない。社共の後退は気になるところではある。民主党内の政治力学には注目していかねばなるまい。

と、月並みなことよりもホントに書きたかったのは、例の「自分自身は3年間も選挙に行かなかったほど政治に関心がなかったクセに政治家になってしまった新人候補のことだ。

あまりにヒドい醜態なので、まさか彼女が当選すると思わなかった私は甘かった。こんなことなら気張ってネガティヴ・キャンペーンをはっておくべきだった。いまさら遅いが。
きょう職場で何人かの人々に話してみたが、意外にその事実を知らない人が多かったようだ。

で、私がどうしても気になるのは、丸川氏をリクルートしたときの自民党の対応。
とりあえず人寄せパンダでも何でもいいが、「あなたは過去どのような党を支持・投票してきたのか」という質問はしなかったのだろうか?
訊いていれば本人が各種選挙の投票すら行ってないことがバレて、自分自身への投票権も持っていないことが明らかになり、これではさすがに候補としては立てられない・・・というふうになったであろうものを。
国会議員になる人でしょ? ふつう真っ先にそういう基本的な政治志向のことは訊かないか? 
出馬表明して、公示も経て、期日前投票に行きましょうという段になってまで、周りの誰ひとりとて本人とそういう会話をしようとした人はいなかったのか?

それを不思議に思う私はおかしいのだろうか。


ついでに言うと「日本人でよかった。」なんてキャッチを使う神経がスゲー気に入らない。まるで「生まれ」によって人間の幸不幸が決まってしまうような物言いではないか。
まあ、「大物政治家の家に生まれてよかった」と、思っている世襲党から立候補するにはふさわしいかもしれないが。


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at 22:58, 主義者Y, 政局

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「多数派の諸君!!」(外山恒一氏ふうに)

一週間で三つの強行採決

国民投票法(12日憲法調査特別委員会)
米軍再編法(12日安全保障委員会)
少年法(18日法務委員会)

仕事から帰っていつの間にか寝てしまっている毎日、「都知事選の結果について」の続編を書きたいと思いながら、ついつい2週間近くたってしまった。

そして17日の凶行で、長崎市長が射殺されてしまった。

あまりにも政治的な事件が起こり過ぎて、筆が追いつかない。関心を向けたくても疲労が溜まってパワーが出ない。私なんかは遥かにマシな境遇だろうが、思えば世の多くの人々はもっと日々の労働に疲れ家庭の出来事に振り回されて、政治や社会の問題に深く関心を持つ余裕なんかないのではないだろうか。いまに始まったことではないが。
こんなジャンルでブログを書ける人間は、よっぽどエネルギーがあるか、よっぽど暇のある人間だろう。

そして政治の多数派を構成するのは、こんな人種ではない。
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at 19:04, 主義者Y, 政局

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都知事選の結果について

じつを言えば浅野か吉田かという選択では最後まで迷った。「勝てそうか否か」という要素を度外視すれば、私は本来吉田に投票すべきであったろう。ネット上で近しい位置の人々は多くが浅野を応援する立場にあった。それは様々に政策的同意の濃淡はあるにせよ、左派的なスタンスに立ちながら「戦略的」考慮を反映した浅野支持であったと思う。結果は投票時間(20:00まで)のぎりぎりまで私は待って、浅野に投じたのであった。
前回300万もの票を獲得した怪物のような敵である。冷ややかな計算をすれば反石原派が単一の候補に結束しても、さらに飛躍的な支持拡大に成功しなければ勝つことはできない。「負け」を達観して、正直に自分の志向に一番近い候補に入れるのもひとつの考え方だ。長期戦を視野において陣地の地道な確保・前進を図るのが賢明な選択かもしれない。だが、選挙というものはフタを開けてみなければわからないところもある。ひょっとしたら・・・というように私の思索は二転三転を繰り返した。

昼過ぎ、やや前回よりも投票率が上昇しているという報道が、いわゆる無党派層の参入動向を反映しているように思われた。それでも、どちらに向かって吹く「風」かはわからない。この不確定要素の拡大「ひょっとしたら」の無根拠な願望に背押されて、私の選択の天秤は浅野に傾いた。投票所に足を運んだのは19:00を過ぎてからだった。これが実相である。まさに日和見主義である(苦笑)

以上は投票日当日の決断にかかることだが、前日に至る期間の、すなわち広く現実の客観情勢に主体的に関わる位相においては、こんな一個人の内部の迷いと懊悩は、割り切った外部行動(浅野にせよ吉田にせよ、具体的に自己の知人への応援依頼をすること)に比すれば如何ほどの意義もない。自己の1票の帰趨にウジウジするよりは余程生産的なのである。自分の投票なんてどちらでもよい。悩む間に1票でも2票でも、自分以外の反石原票を増やせばよいはずだったのである。その意味で、いずれの陣営にせよ果敢に支援の活動をして来られた人々に、私は頭が上がらない。ここでは圧倒的に「評論」よりも「行動」が力を持つ。「現実」を変える方向に、確実に一歩近づく。だが・・・一方において根源的なシニシズムも私の内側で働いていたことも言明しておかねばならない。

疲労困憊につき、このエントリーは次回に続く。

at 23:31, 主義者Y, 政局

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豊葦原瑞穂の国に生まれ育った「教育再生」担当

たまには皮肉も書いておこう。


◆参議院予算委員会  平成17年10月5日議事録
山谷えり子君
  自由民主党、山谷えり子でございます。新憲法制定を望む声が国民の過半数となっております。国の最高法規ではありますが、前文は、日本、言霊幸う国日本の命が感じられるようなものであってほしいと思います。小学生が朗々と暗唱できるような、また女たちが台所で大根を刻みながらもふっと口ずさんでしまうような、そのような前文を望みます。
私、試みの案を書いてみました。

 「四季のめぐり、恵みあふれる大八洲、豊葦原瑞穂の国に生まれ育ったわたくしたち日本国民は、睦み和らぎ、徳を高め、勤め励んで、平和の国、文化の国、道義の国として歩んできました。美しい日本の国がらを誇り、喜びとして、これからも正直、親切、勤勉、節度、品位、調和、献身、進取の気性をもって、諸国民との協和の中で輝く自由と民主主義の国として歩みます。長い歴史と伝統、家族の絆の中で、豊かに育まれたわたくしたちは、一人一人に与えられた賜物に感謝し、法にしたがい、国を富ませ、心を世界に開いた政治、経済、外交を展開し、尊い生甲斐を互いに尊重する社会をつくります。人類の恒久平和、自然との共生に心を一つにして国際社会の中で名誉ある国づくりにつとめます。愛と一致と希望の中で、力をつくし、誠をつくし、明き清き理想に向かって進んでいくことを誓います。」というものなんですが、明治時代は様々な方々が起草案を出されました。国民各位の具体的な議論の高まりを願うものでございます。

 現憲法の前文は、平和を願う諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意したという文章がございます。いかにもよさそうでございますが、これほどよく考えてみると非現実的な前文もないわけでございまして、この前文が正しいものであるならば北朝鮮の拉致問題も起こらないわけでございます。
*以下略

「修身」の科目でも復活させるつもりかね?
全国の公立学校に奉安殿を建てさせ、全生徒に礼拝を強制させられたら、仕上げは完璧だろうな。それで、美しい「前文の誓い」が暗唱できなかったら、ビンタを喰らわして「この非国民め!反日分子め!」と罵る。
さぞや逞しい小国民(『特定の既得権を持たず、特定の考え方を持たない普通の人たち』)が生まれ育っていくに違いない。そうでない者は「国民」から除外されるんだろうな。平和と文化と道義の国、大日本帝国再生へむけての再チャレンジだぁ!

ところで憲法って、国民が国家に誓いを立てさせられるものだったの?

ああ、高市早苗に負けず劣らず気持ち悪い。


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at 11:36, 主義者Y, 政局

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明日は総選挙

なにが公職選挙法にひっかかるかわかりませんので、特定の党派・候補に有利不利になることはいちおう書きません。
本当はネットの世界では自由に奔放に議論が交わされるべきだとは思うのですが、とりあえず悪法でも守ります。

政治は妥協の技術でもあります。
かならずしも自分の本当に支持する党派・候補に入れることが、自分の望む政治環境の形成に結びつくとはかぎりません。

私の場合、それ以上に苦しいねじれの投票行動に出ることになりますが。

まずはきちんと参政権の主体となり、全体の結果については冷静に受け止めましょう。悲観も楽観もせず。


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at 16:44, 主義者Y, 政局

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「総選挙の争点は何か」バトン

せっかく「闘うリベラル」さんからバトンをもらっておきながら、一週間近くも埋もれさせてしまった(大汗)

最近の疲労から精神の集中力も落ちているのだが、簡潔にでも書いておかねば。

1.「新自由主義」是か非か
2.「テロとの戦争」に追従するのか否か
3.憲法の「集団的自衛権」をどうする

年金改革や景気対策など、「世間」の関心からズレたいかにもサヨクな問題意識なのだけど(笑)
1は郵政民営化とからんだ理論的な提起。左翼の常識ではもちろんNO!なのだろうけど、自分なりに整理してみたい。官の腐敗が市場経済化を促すわけなのだけど、「官から民へ」が実は「公から私へ」なのではないかという疑念が払拭できない。
2も3も、奇しくも「9・11」に選挙が行われるわりには議論の前面には出てこない。自衛隊のイラク撤退も憲法改正も、現在進行の選択を迫られる課題であるはずだが。

ただし「選挙戦術」としては、別の次元でも考えねばならないのが辛いところ。

というわけで「選挙ネタもこれで本当におしまい」と書かれているkamakazuさんにあえてバトンを渡してみる。

at 11:00, 主義者Y, 政局

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