畏まるのはやめてくれ

帰宅してテレビをつけてみると、しつこく「男子ご出産」番組が流されていて
「神武以来125代・・・」という言葉が聞こえてきて、ええっ?と耳を疑った。
いつの間に大和朝廷の建国神話が歴史的説明としてまかりとおるようになったのか?

女系天皇をめぐる論議のときにも感じたけど、特定の家系の血統維持に顔色変えてこだわる心性が全く理解できない。
誰でも父母から生まれてきている「伝統」は地球上のどの人類でも変わらないはずだが。
それがたまたま、千何百年くらいの系図で明示的にたどれるだけの話じゃないか。
生まれの違いだけで、あるいは特定の家族に属するだけで「〜さま」と敬称をつけるのは、やはり気持ちが悪い。私たちは臣民じゃないんだから。

有名人の出産なみに「無事に生まれてよかったね」くらいにならないのか?
女か男かなんていうのも、どっちでもいい。
生まれてきた当人に失礼だろ。




at 20:44, 主義者Y, 天皇

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ソクーロフ監督「太陽」

きのうは涼しかったこともあり、久々に都心に出て映画を見てきました。
これはすごい作品です。

http://taiyo-movie.com/



おぼろに記憶の隅にひっかかっていたのを知人との電話で思い出し、予定になかったのにエイヤッとその日の決意で見に行ったのでした。
どうせマイナーな映画だからそう混んではいないだろうと、高をくくっていたらとんでもない。座って見れるのは次の次の回だと言われて、2時間以上も付近で時間を潰さざるを得なかったのです。上映場所を2箇所に時間をずらして客をさばいていたようですが、それほどの盛況振りでした。

昭和天皇の姿を、ひとりの人間としてこれほど赤裸々に描こうとした作品は稀有ではないでしょうか。ソクーロフという名を私は知らなかったのですが、ロシア人の監督によってこれほどのリアルを感じさせる天皇を見せられたことに驚きました。
イッセー尾形の演技が見事です。我々はみな、ヒロヒト天皇を知っています。総理大臣をやった何某を知らなくても、少なくとも同時代を生きた年代で彼を知らない人はいません。それほどの超有名人ですが、彼のふざけて笑った顔とか、泣いた表情とか怒った姿を、一般国民の誰も見たことはありません。そういうしぐさを想像するのも困難なくらい、謎の人物なのです。それが日本の皇帝の万邦無比(笑)な特異性であると私は思ってますが。
東京都心の地図にポッカリと空いた無の空間。これが天皇制です。
だから知りえない細部は想像で創りあげるしかありません。イッセー尾形の天皇は、私たちが断片的に持っている彼のイメージを延長し、交差してみたらこのようなものだ、と思わせる点で非常に見事で素晴らしいと思いました。
それだけ素晴らしい演技なので、見ていて疲れます。人間であるのに人間であってはならない「現人神」の挙動は、すべてがぎこちなく息苦しいのです。全編にわたって天皇が動き回るので、作品は2時間という短さにかかわらず、私には3〜4時間ほどにも感じられました。神経症の人間の振る舞いをずっと見させられていると言ったら想像できるでしょうか。
笑いもあります。それも、天皇の周囲だったらきっとこうだったんだろうなと思わせる。極度の緊張感のうえで滑る可笑しさ滑稽さが、よく表現されています。

額を汗で滲ます重臣、侍従と、「あ、そう」の天皇。
特別に秀でた人間性を持っていたわけでもなく、特別に愚鈍でも悪意を持っていた人間でもなかった。昭和天皇はただ、凡庸な人であったと思います。映画のラストで、「人間宣言」を録音した技師が自決したという報告を受ける天皇の重い沈黙。だがそれまでにも、その名の下に何百、何千万もの人間が殺されていきました。彼はその重みをどう受け止めたのか。受け止めなかったのか。そのことは倦まず問いかけなければなりますまい。

生身の人間が「神」であらねばならなかった明治以降の国家神話が、三代目の彼にのしかかってきたと思います。絶えず口をパクパクさせて、なお言葉を発しえぬ痛ましさは、「神」になり得ぬ人間の行き着く姿。その人間を神聖なる中心に据えた帝国の崩壊は、必然だったのではないか、と。
そんなことをふと考えました。

セットや小道具も気合を入れて作り込んであります。映像も美しいですが、これだけでも素晴らしい。戦後60年もたっている日本映画でこれができなかったのか。それも天皇制ゆえか。
そういうことにも思いを至らせるんですね。

天皇制を考える人は見るべし。考えてない人は見て考えるべし。




at 21:41, 主義者Y, 天皇

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「スーサイドクリフ」「バンザイクリフ」の断崖から

サイパンで両陛下が慰霊、沖縄・韓国の塔にも拝礼
(6月28日:読売新聞)
「歴史的」と関係者に驚き 両陛下の韓国碑訪問(6月28日:共同通信)
サイパン島ご訪問ご出発にあたっての天皇陛下のおことば(宮内庁)

天皇夫妻は「中部太平洋戦没者の碑」に花を供え、「スーサイドクリフ」と呼ばれるマッピ山の断崖の突端まで進んで黙祷をした。そのあと北端のサバネタ岬にある断崖「バンザイクリフ」を訪ね、海に向かって黙とうをした。二人は戻る途中、「おきなわの塔」「韓国平和記念塔」のところでも車を降り、拝礼して慰霊の気持ちを表した。

「おきなわの塔」「韓国平和記念塔」への拝礼は、事前に公表された日程表ではなかった。宮内庁によると「事前に発表すると拝礼が難しくなることも考えられ、発表に踏み切れなかった」とのことらしい。
なぜ「難しくなる」のか。
当然、それは国外からの反対ではなく、日本国内の事情によるものだ。今回の訪問先は現天皇の意思が反映したのではないか。

天皇は君主としての特別な権能をもつべきではないが、個人としての意思を表現してもいいと思う。イギリス王室、ドイツ大統領のように。その意思表現の内容に対して意見を異にする側からの議論もあるだろう。当然あってしかるべきだ。「現人神」の残滓を徹底的に拭い去るには、個人の発現をしていくよりほかにない。ひとりの人間としての姿を見せていくのだ。「象徴」であろうが何であろうが、国を代表する者に、ひとは生きた人間としての言葉を期待するのだ。
命を落とした朝鮮人、沖縄人、島民たち、日本兵、アメリカ兵。すべての犠牲者に思いを馳せる慈しみと優しさは、平和憲法を守る日本の象徴としてふさわしい、と私は思う。
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at 20:03, 主義者Y, 天皇

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