生きてます

生きている 生きている 生きている
バリケードという腹の中で
生きている
毎日自主講座という栄養をとり
“友と語る”という清涼飲料剤を飲み
毎日精力的に生きている

 

生きている 生きている 生きている
つい昨日まで 悪魔に支配され
栄養を奪われていたが
今日飲んだ“解放”というアンプルで
今はもう 完全に生き変わった
そして今 バリケードの腹の中で
生きている

生きている 生きている 生きている
今や青春の中に生きている

 

 

 

なんて詩を読んでピン!とくる人はいいね。

 

ブログはだいぶんご無沙汰しておりますが、熱量は決して下がってはおりませぬ。

 

安田講堂前の集会に日大全共闘が到着して、彼らを迎え入れる学生たちがサアーっと左右に分かれて場所を空ける光景に

涙ぐんで回顧した元日大生の人の姿を忘れない。

 

語り継いでいかねばならぬ歴史はあるのだ。

 

at 00:47, 主義者Y, -

comments(1), trackbacks(0), -

落合恵子さん・怒りと悲しみの沖縄県民大会に呼応する『命と平和のための6.19大行動』

at 21:11, 主義者Y, -

comments(0), trackbacks(0), -

国会前に来ています

DSC_1218.JPG
明日を決めるのは私たちー政治を変えよう!全国総がかり大行動

 

今日は・・・60年の安保条約が自然成立した日でもあるのです。

at 14:40, 主義者Y, 携帯から

comments(0), trackbacks(0), -

10・8山博昭プロジェクト

10・8山博昭プロジェクト

以下、同サイトからの転載です。
 

◎展覧会と講演会のお知らせ

6月7日(火)〜12日(日)まで、東京・根津の「ギャラリーTEN」で、「ベトナム反戦闘争とその時代─10・8山博昭追悼」展と題して、1960年代から70年代の日本のベトナム反戦闘争を記録写真と資料でふりかえる展覧会を開催します。写真家の北井一夫さんの協力を得て、10・8第一次羽田闘争の弁天橋の連続記録写真を初公開します。
また、会期中の6月11日(土)、「第4回10・8山博昭プロジェクト東京講演会」を、ギャラリー近くの「文京区不忍通り ふれあい館」で開催します。

本展覧会は今秋(時期未定)、京都精華大学との共催で、同大学ギャラリースペースでも開催します。会期中に、同大学初代学長を記念した「岡本清一記念講座」で、山本義隆講演会があります(詳細は後日発表)。

【ご挨拶】

6月は国会南通用門で22歳の樺美智子さんが亡くなられた月、10月は18歳の弟が羽田で亡くなった月。
私達はこの二つの月に反戦の集いを持ちつつ、来年の「10・8」50周年を迎えようとしています。
「侵略戦争の銃は持たない。反戦の闘いには命をかける」。交わした数少ない弟の言葉の一つです。
戦争できる国へ大きく舵を切った日本で、そうはさせない運動を大きく展開する時に、60〜70年代の反戦運動を直視し、新たな糧とすることは大いに意義のあることだと思います。
展示をご覧下さい。講演会にご参加下さい。

山建夫(10・8山博昭プロジェクト代表)


◎山本義隆監修「ベトナム反戦闘争とその時代─10・8山博昭追悼」展

期日:2016年6月7日(火)〜12日(日) 11:00〜19:00(最終日は18:00まで)
会場:ギャラリーTEN (東京都台東区谷中2-4-2 電話03- 3821-1490)
http://galleryten.org/ten/
主催:10・8山博昭プロジェクト/協力:60年代研究会(代表・山本義隆)

【企画趣旨】
ベトナム戦争は戦争布告がないまま始まり、1975年に終結しました。この戦争をめぐって世界各国で反戦運動が拡がりました。本展は、当時の日本でのベトナム反戦闘争の軌跡を写真と資料で紹介し、現在から未来へつなげようとする試みです。
1965年、米軍による北ベトナムへの空爆開始と南ベトナムへの上陸とともに、ベトナム戦争は本格化しました。ほぼ同時に日本では、ベ平連、三派全学連、反戦青年委員会、高校生運動が誕生し、反戦闘争が活発化しました。翌1966年には、立川基地拡張に反対して、砂川町の農民と全学連・反戦青年委員会の共闘が形成され、農民と学生と労働者との共闘体制は、その後の三里塚闘争にも引き継がれていきます。
ベトナムでの米軍の軍事行動のエスカレーションに応じて、米軍の後方基地としての日本の役割は飛躍的に増大。それに並行して、反戦闘争は日本の戦争加担という事実と向きあっていくことになります。とりわけ、ベトナム戦争への加害者であることの自覚を日本人にうながしたのが、1967年10月8日の佐藤栄作首相の南ベトナムへの訪問強行でした。サイゴンの米国傀儡政権への政治的な梃子入れを目的としたこの訪問を阻止するために、学生・労働者は羽田で闘い、この闘いへの凶暴な弾圧のなかで、京大生・山博昭君(18歳)が死亡しました。
以後、日本の反戦闘争は激しさを増し、なかでもジャテックの活動は、米軍基地からの反戦米兵の脱走支援、さらには基地内での叛乱をうながす運動へ発展していきます。その後、日本国内のほぼすべての米軍主要基地において、反戦地下新聞が発行されるようになり、無許可離隊や命令拒否が続発するという事態が生まれます。それが世界最強を誇る合衆国の軍隊を内部から弱体化させ、1975年のサイゴン陥落、ベトナム戦争の終結に向かう遠因となったのでした。
この1960年代半ばから10年近くの日本のベトナム反戦闘争は、学生・労働者・農民、そしてサラリーマンから主婦にいたるまで、広範な人々により、重層的な構造と広域的な拡がりをもって闘われました。また自衛隊内部からも反戦の声があげられました。
本展「ベトナム反戦闘争とその時代」は、山博昭君追悼とともに、かつての時代の一端を残存資料によって再現しようとするものですが、それはたんなる追憶にとどまらず、その時代の経験を後続の世代に継承させたいと願っての企画です。

(展示監修・山本義隆)

【展示内容】
砂川基地拡張反対闘争の記録写真と資料/ベ平連とジャテックの活動記録/日本各地の米軍基地内での反戦地下新聞・機関誌/各地の市民運動の記録/第一次羽田闘争(1967年10月8日)の連続記録写真(撮影・北井一夫)/王子野戦病院反対闘争・佐世保闘争・三里塚闘争の記録写真/ポスター(粟津潔、他)、関連書籍、雑誌、新聞、写真集etc.

*会場では、会期中、毎夕(時間未定)、1960年代から70年代の反戦闘争の記録映画の上映会を開催します。談論風発、討論歓迎。こぞってご参加ください。


◎10・8山博昭プロジェクト第4回東京講演会

戦争に反対する講演と音楽の夕べ
日時:2016年6月11日(土) 18:30開場、19:00開演
会場:文京区不忍通りふれあい館(東京都文京区根津2-20-7 電話03-3822-0040)
http://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/kumin/shukai/shinobazu.html

第1部/講演:「市民が戦争と闘った時代」
講師:和田春樹(元大泉市民の集い代表。歴史家。東京大学名誉教授)

第2部/音楽ライブ「明日」
出演:詩と音楽のコラボレーション集団VOICE SPACE
http://voicespace.wix.com/voicespace
小林沙羅(ソプラノ)、小田朋美(ピアノ・ボーカル)、
豊田耕三(アイリッシュ・フルート)、関口将史(チェロ)

参加費:¥1000
主催:10・8山博昭プロジェクト
お問い合わせ・予約:E-mail: monument108@gmail.com

at 21:44, 主義者Y, -

comments(0), trackbacks(0), -

惰眠を貪る

今日の国会前行動の案内をのせたくせに、自分は参加できませんでした。
連日の超過勤務の蓄積による体力消耗が甚だしく、ほぼ一日横たわっておりました。
明日からの残業に備えて体力の回復を企図したわけですが、結果的に今日の闘争に参加できなかったことを自己批判します。

at 21:27, 主義者Y, -

comments(1), trackbacks(0), -

限界寸前

ここ一か月は、10年前にうつ病になったときと同じくらい激しく働いている。

やるべきことはこなせないほど次々にやってくるが、自分がやりたいこと、欲求することがなくなってきた。

仕事も労働組合も管理組合も、すべて辞めてしまったら楽だろうなあ。

自分の代わりにやってくれる人はいないだろうけど。みんな人任せだからね。

家族のこととかテレビのこととか、そういう話を身の回りで聞くと

ああ、自分はべつの世界の存在なんだなと思う。そんな暇ないし、なんか、自分には生活そのものがないという感じ。

いきなり私がこの世からいなくなったら大混乱だろうな。

これだけの仕事量を尋常の人間ができるとは到底思えない。

仮に自分に自由な時間ができても、何かやりたいことそのものが、ない。楽しいこと自体がない。

それでも闘っていかねばならんのだろうなあ。

きょう、なんとか時間を作って入院した母親の見舞いに行ったら、病室の片づけをしていた。

え?と思ったが、まさか「ここに入院していた私の母親は退院したんですか?」なんてマヌケなことは訊けない。

けっきょく入院したときも退院したときも、父も兄も誰も私には知らせてくれなかったのだ。

知らせたところで何もあてにされていない人間だからだ。それが当たり前になってしまった。

それでも闘いつづけていかねばならんのだろうなあ。

どこにも到達できず、結果的には敗北しかないとしても、だ。
 

at 22:41, 主義者Y, -

comments(0), trackbacks(0), -

市民が力をあわせて参院選に勝利しよう!〜「6・5全国総がかり大行動」へ

at 07:35, 主義者Y, -

comments(0), trackbacks(0), -

三陸海岸

DSC_0577.JPG
この連休は三陸海岸をまわっています。
写真は田老の破壊された防潮堤です。左手の奥には田老観光ホテルが見えます。

at 09:40, 主義者Y, 携帯から

comments(1), trackbacks(0), -

無題

私は

私に関わる人間を、宿命的に不幸にする、と思ってきた

バカバカしい話だと思われるだろうが

本気でそう思ってきた

だから、自分は本来、世界に存在してはならないニンゲンだと思ってきた

だが、そうではない

「そうなってしまう」からではなく

自分に関わる人間を幸福にしなければいけないのだ

「そうなってしまう」に傅くのではなく

「そうする」人間の側になるのだ

我並びに我が愛する人々を、幸福に「する」のだ

願わくば

我をして この世界に生かさしめよ
 

at 22:06, 主義者Y, -

comments(1), trackbacks(0), -

無題

私は自動機械 優秀な自動機械

どんなことでもやりおおせる

できないことでも 知らないことでも なんでもやり遂げてしまう 

壊れて動かなくなるまで

間断なく役割を果たし続ける

目があって耳があって口があって、手足があるのは

ただの偶然にすぎない

あるいは、許されざる罪人

どんな罪を犯したのか、とんとわからぬけれど

歓ぶことを許されぬ囚人

刑期はない 終わりもないし始まりもない

存在すること自体が許されぬゆえ

ただ、灰となることのみが許される

焼却炉から立ちのぼる煙のように

この世に存在しなかった者は

思い出されることもない

忘却の対象ですらないのだ
Check

at 21:40, 主義者Y, -

comments(0), trackbacks(0), -